第29話
意識を取り戻した時、シャリオは捕らわれの身になったことをすぐに悟った。
鎧ははがされ、武器もない。
完全に無防備な状態で入れられているのは、ガラスのような物質で出来た球体の檻だった。
そしてシャリオを覗き込んでいるのは頭に王冠を乗せた一匹の醜悪なイノシシ頭の化け物だった。
シャリオは奥歯を噛み締める。
「……っ! 鎧をはいだくらいで無力化できると思わないことですわ!」
自分の失態に眩暈を覚え、まず真っ先に炎を解き放った。
全力で火力を上げるが、周囲のガラスはびくともしない。
驚くシャリオにオークは言った。
「無駄だよ。その容器は熱を遮断する。ただのガラスではないのでね。熱を操作することが我らの文明の肝なのだ。たやすく脱出などできはせんさ」
流暢に口を利くオークを睨みつけ、シャリオは口を開いた。
「……不覚を取りました。殺しなさい」
「や、やめなさい。そのセリフは危険だ! まったく……」
なぜか慌てたオークは、今度はため息を吐き。静かな口調で話し始めた。
「せっかく君を生かして捕らえることができたのだ、そんなことをするわけがないだろう?」
「どういうつもりですか? モンスターの分際で、わたくしを慰み者にでもする気ですか?」
「だから……そんなことはしない。君の身柄は丁重にもてなすと約束しよう。なに、どうもこの世界でオークという種族は害獣扱いされているようでね。モンスターなんて呼ばれているのは知っている。しかし私はね、それを覆したいと思っているのだ」
オークの物言いはモンスターらしからぬもので、少なからずシャリオは動揺する。
しかしそんな世迷言、まともに相手にできるわけもなかった。
「何を馬鹿なことを。そんな話、信じられるわけがありませんわ」
その言葉にオークはだろうなと頭を振る。
「理解など必要ないのだよ。信じたくなければ信じなくても結構。そのうち嫌でも信じたくなる」
「……どう言う意味かしら?」
「わからないかね? この技術力の格差を。技術は力だよ。そして我々はそちらを圧倒するだけの技術を持っている」
そう言ってオークはガラスの壁をコンコンと軽く叩いて見せた。
カッと頭に血が上る。
気が付けばガラスに拳を叩きつけ、シャリオはオークを怒鳴りつけていた。
「あんな不意打ちで勝った気にならないことですわね!」
だがオークはひるみもせずに余裕の表情でシャリオに言った。
「君を確実に捕らえるために必要だった。変に抵抗されるとうっかり殺してしまう。私はね? 君達と交渉する機会をずっと待っていたのだ。君達は魔法とかいう技術を使うのだろう? 中でも強力な能力を持つ者が高い地位にいることを私はちゃんと知っている」
「……交渉の材料になる者を待っていたと?」
「端的に言えば切っ掛けだ。そして君が現れた」
オークはそう言ってガラスをなでた。
シャリオは侮られているのだと、その目を見ればわかった。
全ては自らの敗北ゆえの結果だが、簡単に受け入れられるわけがない。
「……覚えておきなさい。わたくしを捕らえるなどとぬるい事をしたツケを貴方は支払うことになるでしょう。このふざけたガラスからわたくしが一歩でも外に出た時、貴方を炭屑にして差し上げますわ」
「勇ましいな。だがそれは楽しみだ……とてもとても楽しみだ」
シャリオにしてみればそれはただの強がりだった。
ここで自分がなにも出来ない事を彼女は誰よりもわかっていた。
そして目の前のオークも、わかっている。自分はこのオークが言う通りにするしかないのだろう。
いつしかシャリオの口の中には血の味が広がっていた。
「そう、何をしても無駄なのだ……君に出来ることは――」
だが事実を突き付けられる寸前、それは現れた。
地面が揺れて、いきなり砕けた床の破片が宙を舞う。
「「な!!」」
驚愕し、振り返ったオークとシャリオは床を突き破ってやって来た白い戦士を確かに見た。
彼は赤いマフラーをなびかせて、シャリオの前に舞い降りる。
「ヒーロー参上……なんてな!」
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