第24話

 鉱山街を出発して数日後。


 巣の近くでドラゴンを崇めていたといわれる人間の集落にたどり着いたシャリオたちは、廃墟となりすでに見る影もないその場所を発見した。


 何者かに襲撃を受けたのは間違いなく、石造りの建物は無残に崩れていたが、その崩れ方は圧倒的な力で叩き潰されたようだった。


 そしてもう一つ。


 村から見えた山は明らかに異様で、シャリオは一瞬言葉を忘れた。


「なんですかあれは……」


「初めて見る建築物ですな……生き物のようで不気味です」


 ドラゴンの住む山は文明の立ち入る隙のない秘境のはずだ。


 しかし今は血管のように無数の管が這い、いくつも立つ煙突から白い煙が上がっているのが遠目からでも確認できた。


 山に食い込むように建設された建物は自分達とは明らかに異なる文明の手によるもののようだった。


「城と言われても違和感がありませんね……」


 シャリオはジャンに意見を求めると彼も冷や汗をかきながらも、頷いた。


「そうですね。何者かが糸を引いているのかもしれません」


「……例えば噂に聞く、魔王とか?」


「お嬢様……滅多なことを言うものではありませんよ?」


「わかっています。冗談ですわ」


 魔王とは王都を長い間震え上がらせていたモンスターである。


 最近勇者に滅ぼされたが、その記憶は全員の記憶に新しい。


 ジャンの態度も理解できたが、それでもシャリオは語気を強めた。


「しかし名前を恐れても仕方がありません。アレを見ればいてもおかしくはないと思いますけど。こればかりは実際に確かめてみなければわかりませんね」


「……ええ」


 とにかく不可解なことが多すぎる。


 少しでも情報が必要なところだが、その情報は向こうから現れた。


 当たり前といえば当たり前の話だ。この村を敵が攻め滅ぼしたというのなら、とっくにこの場所は敵の腹の中なのだから。


「……どうやら、こちらから行く必要はないようですよ?」


「……そのようです」


 周囲に漂う剣呑な雰囲気に騎士団は身構えた。


 すると不気味な、何かが軋むような音がする。


 そしてシューっという、聞きなれない音が騎士団を囲むようにそこら中から聞こえてきた。


「総員抜剣!!」


 シャリオの号令で、騎士達は剣を抜き放つ。


「さて、何が出ますか……」


 ジャンが呟き、そいつらは姿を現した。


 大きな牙を持つイノシシのような頭に筋肉質な体つきは、まさにオークの特徴だった。


 しかし現れたモンスターが身に着けている鎧は、まるで見たことがないものだった。


 おそらくは鋼の鎧である。


 ただ上半身だけ妙に武骨で、パイプをいくつも張り巡らせていて、背中から白い蒸気を吹き出し、断続的な音を常に響かせる妙な鎧のせいで、オークの異形はより不気味なものに見えた。


「……なんだあれは?」


「あれが噂の鎧ですか。守りは堅そうですけれど……」


 普通ならあんな大きな鎧を身に着けていては、まともに動けはしないはずだが、オーク達はその怪力で重量を意にも介さないということか。


 さらにありえないほど巨大な棍棒や斧などの大型の武器ばかり持って、オークは一斉に雄叫びを上げた。


「グモオオオ!」


「グィィグヒィ!」


「ピギャアア!」


耳障りな合唱に、シャリオは眉を顰めた。


「知性の欠片もありませんわね」


 吐き捨てるように言って、興奮している豚の化け物達を眺める。


 そんなシャリオに向かって、オークの一匹が向かってきた。


 走り出したオークは思った以上に速く、丸太のような棍棒を軽々とふりかぶる。


 大振りの一撃である。


 いかに速くともよく見ればかわすのは難しくない。


 身をかわすシャリオの真横に棍棒はたたきつけられた、次の瞬間とてつもなく重い衝撃音が響いて、こん棒は地面を割った。


「はぁ?!」


 地割れができるほどの威力は普通のオークではありえない。


「これは……でたらめな!」


 あまりにも非常識なパワーに、シャリオも一瞬思わず息を飲む。


 その秘密がオークの身に着けている鎧にあるのは明らかだ。


 包囲を狭めてくるオーク達を前にして、シャリオは優雅に笑って見せた。


「どうやら……蛮族が面倒なものを手に入れたようね」


「そのようですな。分不相応な代物を手にしたようです」


「いいでしょう、モンスター共。このわたくしがきっちりと身の程というものを教えてあげましょう!」


「! 急いで退避だ! お嬢様から離れろ!」


 ジャンの号令への反応はまさに一糸乱れぬ動きだった。


 迅速な動きで離れる部下達を確認し、シャリオは手を上空にかざす。


 すると激しい炎が彼女の体を覆い、メラメラと体ごと燃え上がらせた。


 炎は髪の一本までも行きわたり、彼女は捻じれ狂う炎の化身と化す。


 発せられるあまりの熱で、周囲の地面すら赤く燃え続ける様は、さしずめ炎の魔神の様である。


「さて……準備はできました。お相手いただけるかしら?」


 そう問いかけたシャリオは優雅に槍を構える。


 オーク達は一瞬炎に怯んだものの、言語にもなっていない叫び声をあげてシャリオに殺到した。


 普通に考えれば、ぺしゃんこになるのはシャリオの方だ。


 しかしあるラインに入った瞬間。


 炎が地面から吹き出し、オーク達を包み込んだ。


 三体のオークが悲鳴を上げることも出来ず、一瞬で黒焦げになって崩れ落ちる。


 クスリと笑ったシャリオは、すまし顔で言い放った。


「言い忘れていましたが、不用意にわたくしに近づけばそうなります。指一本でも触れるつもりなら、それ相応の覚悟をなさい」


「プギィ……!」


 オーク達は勢いを無くし、確実に怯んでいた。


 遠巻きにシャリオを取り囲み、一定の距離から動かない。


 するとシャリオは、今度は槍を頭上に構え、円を描くように回転させ始めた。


「来ないのですか? それは少し退屈ですね。ならばこちらからまいりましょう」


 槍の切先から炎が尾を引きはじめる。


 小さな火は瞬く間に炎の壁になり、更には炎の竜巻になって周囲を巻き込み始めた。


 すでに先ほどのどさくさに退避を終えた味方の騎士達は、姿勢を低くして丈夫そうな瓦礫や木々にしがみついている。


 一見すると情けない姿だが、それでいいとシャリオは不敵に微笑んだ。


「では―――存分に喰らいなさいな。フレアトルネード!」


 シャリオは何の気兼ねもなく、炎の火力を全開にした。


「――――!」


 猛烈な熱波による上昇気流と、炎の魔法に巻き込まれて重装備のオーク達が焼き尽くされてゆく。


 炎の竜巻が消えた頃には、包囲していたオーク達はほとんど全滅していた。

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