第23話

 見た事もない鎧を着たオークが確認されたのは、ほんの数か月前の事だった。


 そのこと自体、数ある事件の一つとして処理されていたが、ある時状況は激変した。


 冒険者ギルドからドラゴンの巣がオーク達の襲撃を受けて壊滅したという情報が上がったのだ。


 最初これは一笑された。


 それは当たり前のことで、オークがドラゴンに勝てるわけがないからだ。


 オークは猪と人が混ざったような異形のモンスターで怪力を備え、群れを作る厄介な相手である。


 だが、天災にも例えられるようなドラゴンと比較してしまうと問題にもならない。


 しかし続々と寄せられる、散ったドラゴンの被害報告。


 ドラゴンの巣に異変が起きていることは間違いなく、原因を究明するために調査に乗り出すことになった。


 そんな部隊の一つがシャリオ率いる魔法騎士隊である。


 その隊長が彼女、灼熱の名を冠する貴族、メルトリンデ家次期頭首。


 シャリオ=メルトリンデは輝かしく飾るはずだった初陣を台無しにされて苛立っていた。


 そして情けない部下達にもである。


 シャリオを取り囲んでいる部下達の表情は怯えが混じっていて、ますます苛立ちは募った。


「シャリオお嬢様……やはり無理です。先のドラゴン戦で負傷している者もいます」


「何を言っているの、軽傷と聞いているわよ? 日頃の訓練は飾りですか?」


「……お嬢様。怪我の問題ではありません、勝てないことが問題なのです。あのドラゴンに相対した者達は、かすり傷一つつけることが出来なかったそうです。貴女は4大貴族の一角。騎士団と言えど貴女のように魔法は扱えません。貴女基準で考えてはなりません」


 そして弱気な側近のジャンのセリフに、思わずシャリオは自分のコメカミを叩いた。


「……だからと言って、使命を蔑ろにすることなどできませんわ」


「しかし……あの大きさのドラゴンの巣を破壊したモンスターとなると、あまりにも危険すぎます。ここは一度引き返し、交戦したドラゴンの情報も交えて報告をした方が……」


 執事であり騎士であるジャンの言う通り、あのドラゴンは強力なモンスターであったことはシャリオとて疑ってはいない。


 だがシャリオは同時にだからこそ引き返せないとそう強く考えていた。


「馬鹿を言いなさい。死者はいない。負傷も軽傷。このままおめおめと引き返せるわけがありません。わたくし達の任務はドラゴン達の巣の調査です。子供の使いもできないのかと嘲笑われたければ、このまま引き返しなさい」


 シャリオとて部下の士気が上がっていないのはわかっている。


 それでもあのドラゴン以上の脅威が野放しにされているかもしれない現状がよいわけがない。


 きっぱりと言い切ったシャリオにジャンは口を噤み、渋い表情で頭を下げた。


「……了解しました」


「状況は不透明です。少しでもはっきりさせねば、もっと多くの被害が出るでしょう。噂になっている例のオークは……なんと名乗っていたかしら?」


「……蒸気王です。お嬢様」


「そうだったわね。その蒸気王とやらは見慣れない鎧を使うと聞きました。ドラゴンを倒したあの白い戦士のことも無関係ではないかもしれません」


 ただシャリオがそう呟くと、ジャンの顔色はますます渋くなった。


「お嬢様……しかし白い戦士など我々は誰も見ていません。本当にお嬢様がドラゴンを倒したのではないのですか?」


「……違うと言ったでしょう? 突如現れた白い戦士が、あっという間にドラゴンを仕留め、風のように去っていったのをわたくしは確かに見ました」


「……ですが。私はお嬢様ならドラゴンを一人で仕留めても不思議ではないと思いまして。ドラゴンと戦い、興奮のタガが外れ、白昼夢を見た可能性は? 」


「あぁ?」


「……失礼しました! お嬢様!」


 思わず本気でシャリオが睨むとジャンは怯んだ。


 だが白昼夢などと一緒にされては言わせてもらわねば気が済まない。


 シャリオは、譲れないところは譲れないと声を大にした。


「……わたくしは白昼夢を見るほどぼんやりしていた覚えはないわ。あれだけ探し回ったのに、全く手掛かりが見つからなかったなんて。貴方達、まさか手を抜いていたのではないでしょうね?」


 じろりとジャンを睨むと、彼は首を横に振った。


「いえ……我々は実際に見たわけではないので、詳しくはどうも……」


「だ・か・ら! 絵まで描いて説明したでしょう!?」


「残念ですが……お嬢様の描いた独創的かつ前衛的すぎる絵では、その、全くわからなかったもので……」


「……はぁ?」


「失礼しました! ……人探しというのは存外成功率が低いものです。プロの絵かきが描いたとしても、完璧に探し出すのは難しいと思います!」


 必死の形相でジャンは弁明するが、シャリオ的に減点1だ。忘れまい。


 しかし怒りはぐっと飲み込んで、確認した。


「……とにかく、もう補給は終わっているのでしょう?」


「はい」


「結構。では先に進まない理由はありません。行くことは決定です。覚悟を決めなさい」


 白い戦士はともかくとして、まだこうして任務が続行可能な以上、引き下がるわけにはいかない。


 シャリオは雑念を振り払い、任務に集中することにした。

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