第19話

 何か俺は、悪いことをしただろうか?


 いや、心当たりがない事もないのがつらいところである。


 非常に手の込んだ巻き毛の、どう見ても高貴なお嬢様は鎧で武装までしていて、実に属性大盛だった。


 そして今最も注意すべき騎士団関係者なのはほぼ間違いないときていた。


「……」


「警戒しなくても結構ですわ。少し聞きたいことがあるだけです」


「……は、はぁ」


 そうは言われましてもお嬢様。なんかいきなり玄関先で会うなりため息をつくドリル貴族に身構えるなという方が無理な相談だと思います。


「ええっと……こんな辺鄙なところによくいらっしゃいました。この度はどういったご用件でしょうか?」


 本音を飲み込み、何とかセリフを絞り出すとお嬢様は軽く頷いて答えた。


「では手短に。わたくしは今ある戦士を探しています。白い鎧と長いマフラーをした戦士を知りませんか?」


 ドンピシャすぎる用件だった。


 だが予想していたおかげで欠片も表情に出すことなく、俺はにこやかに対応する。


「……知らないですね」


「でしょうね」


 なぜか嫌そうな顔で当然だと頷くお嬢様の顔を俺はじっと眺めた。


「……」


「なにか?」


「いえ……もう会うことはないだろうと思っていたものですから」


 そして俺はお嬢様の顔を知っていた。


 馬車で引かれて、慰謝料をくれたドリルの女神様は確かこの人だったはずである。


 そしておそらく俺の印象が最悪だろうなという予想も間違っていないようだった。


「それはこちらも同じことです。それにしても妙なところね。一応……ここはお店? なのかしら? 何を売っているのかも分からないんだけれど?」


 俺の小屋を訝しげに見ている貴族のお嬢様に塩対応というのもまずかろう。


 確かにこの小屋は、お店と見間違えられてもおかしくないほど品物が色々と並べられている。


 それはパーツ探しの過程でゴミ山から発掘された、使えそうなものの数々だった。


 俺は精いっぱいのおもてなしをすることに決め、小屋をざっと紹介した。


「え、えーっと。よければ見ていきますか? この辺りはよく異世界から物が流れつくようで、そういう品を修理しているんですよ」


「異世界の品ですか……それは中々面白そうね」


 案外乗り気なお嬢様は物珍しそうに小屋の中にあるガラクタを眺めていた。


「これはなんでしょう? クローゼットではないわよね?」


 そしてまずお嬢様が興味を示したのは、小屋の中に乱雑に詰まれたつい最近修理したばかりの白い箱状の機械だった。


「お目が高いですねお嬢様。それは冷蔵庫というものでございます」


「冷蔵庫? 何をするものなの?」


 お嬢様は電化製品に興味がおありか。


 ではここは気合を入れて、説明しておくとしよう。


「それはですね、電源を入れておくと中が冷えて食料を長期間保存できる道具です。氷も作れるんですよ」


「それは便利ね。電源……というのは聞き覚えがないのだけれどそれは何?」


「こちらの発電機から発せられる電気というものを使って、箱が動くということです。ここにあるものはそういうのが多いです」


 この土地がそういう世界と特別つながりやすいのか、ゴミ山には家電の漂流物は実に多い。


 そう説明すると、お嬢様は驚いていた。


「それは魔道具とは違うのかしら? えっと、つまり……魔石で動いていないの? 発電機というものを聞いたことがないのだけれど、この町では一般的なのかしら?」


「魔道具のように魔石では動いていません。別物と考えていただいた方がいいと思います。ただ、やはり異世界の品物ですので一般的ではないですね。この機械自体もそんなに数があるわけでもないので」


「あら、そうなの?」


「ええ。申し訳ありません。こういった品に興味を持ってくれる人もそう多くはないんです」


「ふぅん。……じゃあ……これはなんでしょう?」


 ただ次にお嬢様が興味を持った道具には、俺もさすがにハッとしてお嬢様の頭を見てしまった。


 注目したのは非常に特徴的な赤毛のドリルヘアーである。


 そうですかやはり髪型に関することには敏感ですか。


 ならば目を付けたお嬢様には、特別待遇で対応せねばなるまいよと俺は棒状のそれを手にとった。


「これは―――ヘアーアイロンと言う物でございます」


「……ヘアー」


「待って。槍に手をかけないでください。死んでしまいます。これはですね、髪型にこだわりのある方にお勧め。髪の毛に癖をつける道具でございます。巻くもよし、ストレートにするもよし、あなたの髪が驚くほど自由自在」


「…………話を聞きましょう」


 すかさず突き付けられた槍が収められ、俺は冷や汗をぬぐった。


 このお嬢様、確かに俺は出合い頭に髪いじりはしたけれども、沸点が低すぎる。


「ありがとうございます。こちらのヘアーアイロン。簡単に申しますと、熱によって強烈にヘアセットが可能です。熱ですので髪の痛みには要注意ですが」


「……それをいただきましょう。電源とやらも一緒に包んでくださる?」


「了解いたしました。御心のままに」


 さすがお嬢様はあまりにも即決だった。


 差し出された小切手に走らせるペンにもためらいがない。


 そして俺にはお嬢様の即答を断るという選択肢はなかった。


 むしろお嬢様の即断即決の潔さには感服しかない。


 修理済みの発電機が少なかろうとそんなことは問題ではなかった。命は大事である。


 商品の使い方を説明し、手早く梱包。運搬。馬車に積み込み恭しく一礼。


「お嬢様。運搬の方完了いたしました」


「中々貴方、話が分かるわ。お邪魔しましたね」


「ははっ……お気をつけてお帰りください」


 用事を終えたお嬢様は縦巻きドリルをわさわさ揺らして上機嫌で帰って行ったのだった。


「ふぅ。何とか……乗り切ったな」


 俺はいまにも滴りそうな冷や汗をぬぐう。


 貴重な発電機を一台失ったが、まぁよしだ。


 基地の電源さえ残れば家電は使える。むしろいい仕事をしたと誇るべきだろう。


 そして手元には副産物として驚くような値段の書かれた小切手があった。


「……雑貨屋を始めるのも……ありかもしれない」


 ここは一つどうにかしてみるか電源?


 色々と問題が多そうだったがチャレンジするのもやぶさかではなかった。

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