第16話

 体が恐ろしく軽い。


 少し力を込めただけで、まるで風のように体は地面を走る。


 木々が流れる道となり、炎の壁もアッという間に突き抜けて、俺は戦場の真ん中に飛び込んだ。


「……!」


 華麗に着地し、空を見上げると渦巻く炎の中に巨大な生物は飛んでいた。


「GAAAAAAAAA!!」


 翼を広げ飛翔するドラゴンを一目見れば、体がすくみあがる感覚があった。


 辺りには立派な鎧を着た兵士達が数人倒れていて、先に戦っていたらしいが、かなりピンチだったようである。


 だがドラゴンもまたそうだ。


 よく見るとドラゴンの体には深い傷がいくつも刻まれていて、目を血走らせていた。


「タイミングバッチリだったみたいだな……」


 だが余裕がないのはこっちも同じことだった。


 敵があまりにもデカい。


 俺は竜をかつて見たことがあったが、その時でもこんなに大きくはなかった。


 俺は膝が震えている自分を自覚した。


 恐怖が体を支配するのは、俺がまだ一般人だからだ。


 このスーツが俺の期待以上だというのなら、今度は俺が一般人を超えなきゃならないということだ。


「―――この一線は超えるぞ。何にも怖いことはない」


 そう小さく呟いて、俺は心を奮い立たせた。


 ガッと両手をクロスさせ、構える。


 両足に力を籠め、俺は全力でただまっすぐドラゴンに向かって飛んだ。


「うおおおおお!!」


 選んだ攻撃手段は体当たりだ。


 とにかく今は勢いが欲しいと、勢い余った俺である。


 当たらなくても構わない景気づけだったが、幸運は転がって来た。


「!!」


 衝撃が俺を芯から揺さぶったのは、そのでっかい体の真ん中に命中した証だった。


 鱗は砕け、ドラゴンは大きくバランスを崩してそのまま地面に墜落する。


 俺も何度かバウンドして同じく地面に転がったが、横たわるドラゴンの巨体を確かに見た。


「……!」


 俺は慌てて身を起こして構える。


 そして完全な興奮状態でこちらを威嚇するドラゴンの顔を睨みつけた。


「……やれる! 戦えるぞ!」


 空の王者を地面に引きずり降ろしたのだ、もう後には引けないことは、相手の殺気にまみれた瞳を見て理解できた。


『マスター! ブレス攻撃来ます!』


「……!」


 そうテラさんの警告が鼓膜を叩いたことで、自分がドラゴンの放つ殺気に委縮していたのだとようやく気が付いたが―――判断が遅すぎた。


 避けることもできずドラゴンの口内は赤く輝き、俺は炎に呑まれた。


「うおお!!」


 俺は叫んでいる間に、走馬灯を見た。


 この世界にやってきて、本物の勇者のおまけをやっていた無力な日々。


 理不尽な運命に呑まれても、まるで導かれているように力強く進む勇者の姿が頭の中から消えない。


 ああ……俺なんかが手を伸ばしても無駄なのか?


 そんな言葉が頭をよぎり、ゾッと背筋が凍り付いたが、俺は包まれた炎の中で、思った以上にダメージがないことに気が付いた。


「……すごいぞリッキー!」


 炎は俺を傷つけてはいない。


 リッキーが施したパワードスーツの装甲は完全に俺の体を守っていた。


 炎が止み、視界が開けた。


 ドラゴンは自分のブレスを正面から喰らってなお、まだ動く敵に目を見開いている。


 だがドラゴンの武器は炎だけではない。


 あの牙も、爪もドラゴンの力で振るわれれば十分必殺だろう。


 鱗は大抵の魔法を跳ね返し、矢もほとんど刺さらないと聞くが、俺には今ならハッキリ言える。


「俺の拳は……あいつに届く!」


 スーツの駆動音が全身に伝わってきた。


 俺の筋肉に反応しているであろう、その振動が何より勇気を滾らせる。


 俺はスーツの下で短く息を吐いた。


 初陣だ。小難しい立ち回りなんて考えたところでうまくいくわけがない。


 ただもう一発全力で当てることだけ考えろ。


「……勝負!」


 俺は前へと突き進む。


 恐怖を払うためじゃない、相手を倒すために。


 俺はただただ力を込めて拳を握った。


「―――!」


 スーツは俺の意志に完璧に応えて見せた。


 今までのスピードを遥かに超えた加速で、ほんの刹那にドラゴンとの距離をゼロにする。


 拳が命中するその瞬間、至近距離に巨大な金色の眼球が見えた。


「はああああああ!」


 ズドンと。


 拳は渾身の力でドラゴンの頭にねじ込まれ、その骨を粉砕する。




 殴った反動で俺は後ろに吹っ飛んだ。


 自分から回転して地面の摩擦で勢いを殺し、ようやく勢いが止まった瞬間、完全に息絶えたドラゴンの姿を見た。


「ぶはっ……!」


 ドラゴンは動かない。俺はいつの間にか呼吸を止めていた。


 そして息が再開したそのとたんドッと体に重さを感じ始めた。


「はぁ!……はぁ!……はぁ! ……はぁ!」


 緊張の糸が切れたのだろうか?


 今にも倒れそうなほどの疲労感が俺を襲う。


 しかし戦えたという高揚が俺の体をかろうじて支えていた。


「……そこの貴方! 何者ですか!」


 どこかで女性の声が聞こえた気がしたが、構うほど余裕はない。


 俺は最後の力を振り絞り、逃げるようにその場を後にした。

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