第14話

 それから数日後の早朝、何とかマフラーも完成し俺がそわそわしながら地下の掃除をしていると、玄関から待ちに待ったリッキーの声が聞こえた。


「おーい! お邪魔しまーす……」


「リッキー! 待っていたぞ! どうだった!?」


 地下から家に飛んでいくと。そこにはリッキーの渾身のどや顔が待ち受けていた。


「ばっちりだ。……いや、僕もさ、やってるうちに楽しくなってきちゃって。急ごしらえにしてはいいものができたと思うよ」


「ホントに!?」


 彼の背後にある丁寧に梱包された木箱と表情を見ればリッキーがいい仕事をしてくれたことは明白だった。


「……そっちこそどう? パワードスーツってやつは万全?」


 俺はリッキーの質問にニヤリと笑って見せる。


 きっと俺の表情はリッキーに負けないくらいのドヤ顔だったことだろう。


「それをこれから確かめる! さっそく組んで試してみよう!」


「いいね! 実はけっこう楽しみにしてるんだ。テストはどこでやるの?」


「北の森でやろうと思ってる」 


 ワクワクしているリッキーに俺はさっそく予定地点の地図を広げて見せる。


 そして、念入りに計画したテスト地点を指示した。




 秘密基地から出て、俺達はこっそりと目標地点に移動中である。


 ただリッキーは荷車を押しながら、怪訝な表情を浮かべこう言った。


「ここって町はずれのゴミ捨て場だろ? 移動する意味ある?」


「あったりまえだろ? 人に見られたらどうするんだよ?」


「……誰も見ちゃいないよ。それに見られたっていいんじゃない?」


「いやいやリスクは減らすべきだよ。 それにあのゴミ山俺の家だから。暴れて壊れたら大変だ」


「どんだけ派手に暴れるつもりなのさ?」


「さぁ? まぁそれはこいつしだいだろう」


 俺の予想じゃ本気で暴れたら地形くらい変わるんじゃないかと思っているんだが、その時だ―――。


ドドン!!


 しょうもない雑談を遮って震えた地面に、俺達はビクリと身をすくませ、顔を見合わせる。


「なんだいったい!」


「……あ、あれ!」


 そしてリッキーが指さした先がおかしいのは俺だって一目でわかった。


「な、なにあれ……」


「あれは……」


 今まさに向かおうとしていた森が、赤く燃え上がっている。


 さっきまで雲一つなく青天だった空が黒煙で染まっていた。


 煙の発生源の森からは赤々と燃え盛る炎が見え、すさまじい勢いの炎だと遠目からでも見て取れる。


 ああいうとんでもない現象を起こす心当たりは、俺にはいくつか記憶にあった。


「なんか……すごいモンスターでも出たかな?」


「……すごすぎない!?」


「そりゃあ……すごいモンスターだったら火ぐらい吐くだろう?」


 事実、過去見たことのあるモンスターには、もっととんでもない火力の化け物がいた。


 リッキーにはあまりなじみがないようで、今から行く場所だっただけに顔色が蒼白だった。


「いやドッカンって爆発したらいきなり空が真っ赤になったよ!? あれはやばいって! さすがに逃げよう!」


 リッキーの言う通り、確かに俺も一瞬火山が噴火したかと思ったくらいだ。


 今までならまず尻尾を巻いて逃げ出しただろう。


「よし……まずはせめて何があったのか確認してこう。望遠鏡なら持ってきた」


「なにそれ!? まずはって何!?」


 俺は取り出した望遠鏡で燃える森を見ると、ちらちらと揺れる巨大な影を見つける。


 ただ森の上空で翼を広げて飛ぶその姿を一目見て、俺にはピンとくるものがあった。


「あれは、たぶんドラゴンってやつだ……」


「はぁ!? ドラゴンだって!?」


 リッキーの声が裏返るのも無理はない。


 ドラゴンはこちらの世界でも悪い意味で有名なモンスターだ。


 ひとたび現れれば町をいくつも焼き払うような高ランクのモンスターで、天災とも呼ぶべき強さを持つ生物だ。


 こちらの世界の人間はドラゴンと聞けば普通なら逃げ出す。


 物語では勇者の冒険譚に花を添える悪役であり、騎士や冒険者にはいつかは討伐したい憧れの存在ともいうべき、災禍の権化だ。


 俺はブルリと震えた。


 今までの俺が前に立っただけでも死ぬ相手なのは間違いない。


 だが今の俺は、相手がモンスターだというのなら逃げ出すわけにはいかなかった。


「……よし」


 取り乱すリッキーに俺はニヤリと笑って見せ、そして気合を入れて叫んだ。


「さぁ予定通り起動実験だ!」


「えぇ! なんでドラゴンを見てそんな結論になったの!?」


 涙目のリッキーだったが、やらねばならない。


 これはチャンスだと俺の中の何かが全力で叫んでいたからだ。


 こうも全力で叫ばれては、足を止めてはいられない。


「そりゃそうだろ! ……リッキー、もし俺が負けたらわき目もふらず逃げてくれ」


「……そうさせてもらうよ! ドラゴンなんかと戦ったら骨も残らないぞ!」


「だろうな! その時は大いに笑ってくれていい! 家のテーブルの下に秘蔵のボトルが置いてある! その時は全部飲んでよし!」


「……そいつは断るね。どうせなら、生きて帰って打ち上げで開けよう」


「いいね!」


 俺達は拳を一度ぶつけ合い、大急ぎでスーツの起動実験の準備を始めた。


 この瞬間に俺達の獲物、記念すべき一発目はドラゴンに決まったわけだ。

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