第12話

 危険なドラゴンが接近しているという情報がもたらされたのは、冒険者ギルドからだった。


 本来ドラゴンとは普段は自分のテリトリーから出てこず、遭遇すること事態稀なモンスターなのだが、ひとたび暴れだせば街を滅ぼした事例もある強大な存在だった。


 そんなドラゴンが今まで目撃情報のなかった森で見つかった時点で町長がパニックになっても何ら不思議はない。


 そして王都からたまたまやって来ていた騎士団に泣きつくこともまた、理解できない話ではなかった。


 結局、シャリオは承諾する。


 頼みを聞くこと自体は構わなかったが、あまりに流れるような段取りは多少うんざりさせられた。




「それではよろしくお願い申しあげます!」


「……わかっています。そちらも補給物資の件お忘れなきように」


「はは! 心得ております!」


 ドワーフの町長に見送られ、屋敷から出た二人組は自分達の馬車に乗り込むと、まずため息を吐いていた。


「……まったく。降りかかる火の粉くらい自分で払ってほしいものですわね」


「シャリオお嬢様。それはいささか無謀というものです。ドラゴンなど天災級のモンスターですよ。空を飛び、弓矢程度では傷一つもつけられません」


「……わかっています。少しばかりドワーフが不甲斐ないと思っただけよ。だけどねジャン? 実はわたくし、そう悪い気はしていないのよ」


「と、言いますと?」


「ちょうどいいとは思わない? 本番前の前哨戦としては」


 シャリオは赤い自慢の巻き毛をかき上げて、ジャンと呼んだ自分の執事に向かって、微笑んだ。


 だがジャンはシャリオの言葉を聞いて苦笑いを浮かべていた。


「御冗談を……命を落としかねませんよ?」


「そう?……だけど、命もかけない戦場なんて、戦場ではないでしょう?」


 ドラゴンの討伐願いは本来彼女たちの役割ではない。


 王都でシャリオの率いる騎士団に命じられたのは、ある情報の調査と偵察だった。


 しかし最終的に、多少寄り道になったとしてもドラゴンと戦うことに価値があると判断したのはシャリオの直感によるところだった。


「それに必ずしも無関係ではないはずよ。このタイミングでドラゴンが人里に現れるなんて不自然だもの。戦っておくことに意味はあるわ」


「……そうでしょうか?」


「たぶんね」


 おそらく今回のドラゴンは調査対象のモンスターと関係している。


 ドラゴンに何が起こったのかはわからないが、そう住処を変えるモンスターではないのだから、追い出されでもしたのだろう。


 ドラゴンと一度戦ってみて、本来の調査対象がどの程度の脅威であるのか知ることは十分益になるはずだった。


「まぁそのドラゴンが現れたという森はずいぶん広いようだから探すのは骨でしょうけどね」


「そのようです。冒険者の報告によるとドラゴンは手負いであるようで、森に身を潜ませているなら容易に見つかりますまい」


「なおさら厄介だわ。手負いの獣は凶暴だと聞きます。慎重に事を運ぶとしましょう」


 だがまぁそれはともかくドラゴンというモンスターと戦える機会なんて早々ない。


 シャリオは黒く広がる森を眺め、好戦的な笑みを浮かべていた。

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