第11話

 続いて足取りも軽く俺は大きなカバンを小脇に抱え、ある店を訪れていた。


 商店街のはずれにある赤い煙突屋根のお店はこの町では珍しいエルフのやっている布屋さんだ。


 俺はためらいなく店の扉を開いた。


「すみませーん。一番いい布くださいな!」


「いらっしゃい……ってなんだ、変人のダイキチじゃないか」


「何それひどい。布ください」


 店の店主はプカリとキセルをふかして俺を出迎えた。


 彼の名前はシルナーク。エルフである。


 彼の黒髪から見える長い耳と透けるような白い肌こそがエルフの特徴だった。


 だがシルナーク曰く、エルフの黒髪は珍しいらしい。


 彼は黒いローブに黒マントという髪の色に合わせたブラックなコーディネートを好む全体的に黒っぽいエルフだった。


 俺の顔を見るなり、シルナークは実に適当に言った。


「棚に並んでいるのが売り物だ。出すものを出せば売ってあげよう」


 そして俺も、こういう時のやり取りは心得たものだった。


「スカーフというか、長いマフラーみたいなやつにしたいんだ。丈夫で、ある程度伸び縮みするのがいいなぁ。おすすめ教えてよ」


 俺がにっこり笑ってそう言うと、シルナークの耳がめんどくさそうにピクリと動いたのを見た。


「丈夫で伸縮性のある布か……ならば、この布はどうかね? 試作品だが魔甲虫という魔石を食う虫が吐いた糸で編んだ、魔力の伝達率が高い」


「よし、買った!」


 思わず即答する。


 なんだかよくわからない変な材料なのが高ポイントである。


 だがそう言った瞬間、シルナークは眉をひそめて笑っていた。


「ふむ。解説が分かりにくかったか? ……こいつは戦士の服を作るための布でね。肉体強化の魔法から生じる余剰魔力を吸い、強度を増す画期的な布なのだ。君が持っていても宝の持ち腐れというものだろう?」


「いや! 俺は魔法を持っていないだけで、魔力はあるはずなんだ! きっとにじみ出る魔力とかで強度は高まるはず!」


 本人はジョークのつもりだったらしいが、もう遅い。


 俺だってこの何の意味もない魔力を有効活用する日が来ると信じているのだ。


 だがシルナークは俺を嗜めるように言った。


「馬鹿を言え。魔法の使えないお前は穴のない樽と同じだ。出したいのなら全身に穴でも開けてくるのだね」


「それ別のもの出ちゃうよね? 死んじゃわない?」


「……君は本気にしていそうで怖いな。穴を開けても出るのは血だけだよ」


「だろうね。それでこれはおいくら?」


「……本気で買う気なのか?」


 シルナークは俺にとっては高いだけの布を俺が買うつもりなのが腑に落ちないらしい。


 しかし俺はニヒルな笑みを浮かべ言ってやった。     


「ロマン……そうロマンの探求のために」


「狂気の間違いじゃあないか? 君の行動のどこにロマンがあるのかは正直理解しかねるぞ?」


「そう?」


 まぁ、ロマンとはもとより言葉で語りつくせるものじゃない。


 ある程度心で感じるものなのである。


 色は白だが、あとで赤く染めるのもいいだろう。


 それよりもまだ見ぬ新素材という魅惑のエッセンスはなにとり上がるので必要なものだと思う。


「……この布は丈夫だし。伸縮性はあるんだろう? ダメなら使い道を考えるさ。お代はこれで。長めにお願いします」


 俺は多少強引にさっきもらったばかりの慰謝料をどんとカウンターに出して見せると、シルナークの顔色がさらに怪訝なものになった。


「おいおい。結構な大金を出してくるじゃないか。お前、そんなだから変人とか呼ばれるんだぞ? ……わかった。もう理由は聞かん。それと金はいい」


「え! いいの?」


 シルナークは俺が渡そうとした全額を突き返してきた。


 何かの間違いかと思ったが、シルナークは不機嫌な表情ながらも肯定した。


「ああ。言ったろう? こいつは試作品なんだ。特殊な生地だから人間には妙な影響が出るかもしれん。使ってみた感想を言いに来てくれ。体調に違和感があったらすぐに着用をやめるように」


「妙な影響って、怖いこというなぁ。……そんなだから変人って言われるんだぞ? シルナーク。だが……わかった。ありがとな!」


「ああ。せいぜいロマンの探求に励むがいい」


 俺は驚くべきことにタダで変な布を手に入れた。

 

 まぁ辺境の村に住む変わり者どうし、このエルフとは妙に馬が合うのだった。

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