第8話

 混乱するリッキーが落ち着いたのを見計らって、俺達は改めて話し合いを始めた。


 用意した大きなディスプレイには、ニッコリと笑うマークが大きく映し出されていた。


「では紹介しよう。彼はこの基地のメインコンピューター、テラさんだ」


『テラさんです。よろしくお願いします』


「はぁ。よろしく」


 ディスプレイに頭を下げるリッキーは中々面白いことになっていた。


『では協力を得られるということですので、装甲に関して詳細を詰めていきましょう』


「は、はぁ」


 スピーカー越しに話かけるテラさんに戸惑いながらも話を聞くリッキーは中々適応するのが早い。


 さてどうなることかと見ていたのだが、テラさんは俺にも話を振って来た。


『マスターの要望はお聞きしましたが、改めて何か付け加えることはありますか?』


「装甲の要望はイラストに大体詰め込んでいるつもりだけど……。あとは……そうだなぁ、せっかくだから色々便利だといいな」


『色々便利とは?』


 そんなに聞いてくれるなら、俺はせっかくなので胸に秘めていた妄想をぶちまけた。


「そうだな……例えばだけど、ヘルメットの中で通信出来たり、カメラで外の映像を確認するだけでも満足度高いな……後は光ったりとか? ……まるでスマホだな、やっぱ結局便利だったんだよな現代……」


 話を聞いたリッキーはきょとんとしていたし、テラさんに至ってはわざわざディスプレイに困り顔を表示していた。


『……具体的に図面か現物があれば別ですが、現状不可能に近いかと。対応した装備を発掘できれば可能です』


「そっか。さすがに気長にやらないと無理だよな。俺も設計しろとか言われると難しいし、あ、スマホならあるよ?」


『スマホとは?』


「知らない? 携帯電話。ほら……こういうやつだよ」


 テラさんが興味を持ったようなので、俺は話題に出したスマホを出して見せた。


 異世界から来たばかりでさみしくって堪らなかった初日、好きな音楽で一晩だけ心を温めてくれた、大切なお守りだ。


 今はもう動かない、このスマホである。


『それを基地の端末に繋いでみてもらえるでしょうか?』


「え? いいけど……」


 よくわからないがテラさんが指示した場所を探ってみると、見慣れないコードがあった。


 どうやらテラさんはこのコードをスマホに繋いでみろということらしいが、俺の眉はハの字になった。


「できるかな?」


『可能だと思われます。私の製作された世界では長い歴史の中で移り変わる機器に互換性を持たせる技術が発達していましたので』


「ホントにぃ?」


 現代でも余ったコードの類はとっても困った経験があるので、本当なら素晴らしい。


 テラさんの世界の人間はあのごちゃつくコード地獄から解放されているのだとしたら、何かしらの賞を贈りたい気分だ。


 ひとまずやってみることにする。


 コードの先は丸くなっていて、粘土のように形が簡単に変わった。


「あっすごい」


『それを端子に差し込んでください』


「お、おう……無理やり押し込んで大丈夫?」


『少し強めに押し込んでください』


 言われた通りに力を籠めるとふにゃりと形を変えてコードが差し込まれた。


 手ごたえをあまり感じないから少し不安になったが、かなり久しぶりに電源ランプの灯った元相棒に、俺は思わず震えてしまった。


「お……おお。俺のスマホがこんなに元気に光っているぞ……こいつ生きてたんだなぁ」


『生きてはいません。解析が終了しました。……ずいぶん原始的な技術を使っているのですね』


「……テラさんに比べればそうかもだけどさ」


 なんだか負けた気がするので、そういう言い方はやめてほしいんですけど?


 だがテラさんは辛らつだが、中々嬉しい結果を口にした。


『マスター。お喜びください。これならご希望に沿えそうです』


「え? 本当に?」


『はい。我々の最先端機器を製作するようなことはさすがにできませんが。貴方がデザインしたヘルメットにこちらの端末の機能を持たせることなら発掘した工作機械で造作もありません』


「マジで!」


『当然です。この技術レベルは想定外でした。少々語弊を生むような表現をしてしまい、申し訳ありません』


「お、おう……く、くそう。やっぱすごい負けた感あるな。な、ならよろしくお願いします」


『了解しました。その代わり、こちらの端末は部品取りで使わせてもらうことになります。よろしいですか?』


「え? やだけど?」


『……』


 妙なことを言うテラさんに俺は思わずスマホをさっと隠した。


 あれだけ簡単そうな雰囲気を出しておいて、新たに作り直すのではないというのか。


 拒否した俺に反論は素早く帰ってきた。


『ゼロから物は作れません。あくまでこのスマホをヘルメットの形に落としこむ工作はたやすいとお考えください。このまま放置していればただの板です。ためらう理由がありますか?』


「いや……しかし。うーん、それは……」


 俺は自分のスマホに視線を落とした。


 長らく俺と一緒にやってきたこいつとの思い出は、キラキラと輝くように美しく美化されて蘇ってくる。


「……いやだってさ。こいつってばこっちに来てからずっと一緒だった元の世界の思い出なんだよ? つらい時も楽しい時も一緒に乗り越えてきた相棒なんだ」


『何か問題が?』


「……ないですけどー! 血も涙もないことを言うよね」


『事実血も涙もありません』


 テラさんマジテラさんである。容赦ない正論に耐えられず、俺はぎゅっとスマホを握り締めた。


「そうだろうけどさ! ううう……俺のスマホン」


「名前をつけてたんだ……」


 黙って見ていたリッキーからまでも憐みの視線をもらってしまったので、俺はしぶしぶテラさんの提案に頷くことにした。


 名残惜しいが、スマホンが生まれ変わることを願おう。


 確かにただの板でいるよりもそっちの方が幸せなはずである。


 テラさんは俺の同意が得られると、実に話が早かった。


『リッキー様、お待たせしました。話は纏まりましたので本題に入りましょう。電気工作はこちらでやりますが、本格的な金属加工は当設備では不可能ですのでよろしくお願いいたします』


「は、はい! よろしくお願いします!」


 ちょっとだけトラブったが、それはまさに夢の始まりだった。


 これから俺の提供したスマホンも夢の欠片となり、テラさんとヘルメットで通信とかできるのだろう……なんだそれ、かっこよすぎじゃないだろうか?


 これはまた野望に一歩近づいてしまったようである。

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