大仰な小話

庵間阿古也

 

「うわっ」


 注意していたにもかかわらず、煙を鼻で吸い込んでしまった。鼻腔を針で刺されたかのような痛みに襲われる。

 思わずのけぞるがあまり意味はない。

 かき回された煙が、今度は俺の両目を撫でた。苦悶の表情を浮かべながら目を擦る。


 見れば、赤々と燃える火と俺の距離は着実に縮んできている。これはすなわち、俺に残された時間が少ないことを残酷なくらい如実に表しているのだ。


 俺は意味がないと分かっていながら、先ほどよりも意識して細く息を吸った。そうすれば、少しでも猶予が伸びるかもしれないとばかりに。


 俺の気持ちなど知ったことではない、そう言われた気がした。

 火はじりじりと、しかし確実に、己の通り道を灰に変えながらこちらに向かって進んでくる。


 俺が火から離れることはない。既に疲れてしまっている俺の両脚は、力なく前に投げ出されている。


「げほっ、げほっ」


 吸い込んだ煙のせいで激しくむせ返った。肺から絞り出された煙が灰色の霧のように広がり、程なくして掻き消える。


 いよいよ火は目前に迫ってきた。顔の前に持ってきた手の指先が、熱にあぶられて痛む。もうさすがに限界か。


 背後から俺を呼ぶ声も聞こえてきた。

 俺は諦めのため息と共に立ち上がった。






タバコ休憩

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大仰な小話 庵間阿古也 @akoya-ioma

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