ロキの冒険⑤



ロキがゴブリン討伐から村に戻り、短い安堵の時間を得てから数日が経った頃だった。エリンや村人たちとの交流も少しずつ増え、ロキは人間社会に再び馴染む自分を感じていた。しかし、そんな安らぎも長くは続かなかった。


ある夜、村が静寂に包まれている中、突然地面が激しく揺れ、村の中央にある鐘が不気味に鳴り響いた。村人たちが目を覚まし、恐怖に包まれる中、ロキは誰よりも早く外に飛び出した。村の門の前には、異様に背の高い影が立っていた。その姿は、一目でただならぬ魔力を放っていると分かる。ロキは直感的に、それが人間ではないことを悟った。


「ようやく見つけたぞ、裏切り者のロキ」


影が低く唸りながら語りかけてきた。ロキの心臓が嫌な鼓動を打った。魔族の言葉だ。姿は曖昧に揺らめき、仮面をかぶった謎の魔族の男が、冷ややかな視線をこちらに向けていた。


「裏切り者…?」ロキは眉をひそめた。「俺が何を裏切ったってんだ?」


その魔族は静かに歩み寄り、ロキの目の前で立ち止まった。「お前はかつて人間でありながら、魔族に変えられた。しかし、再び人間たちの間で暮らし始めたことで、我々の掟を犯したのだ。」


ロキは思わず笑ってしまった。「掟?そんなもの俺は知らないし、知りたくもない。俺は俺のやりたいように生きるだけだ。」


だが、魔族の男はその言葉に表情を動かすこともなく、冷たく言い放った。「ならばお前に罰を与えよう。この村を守りたいと思うなら、自らの手で滅ぼすのだ。」


ロキは驚愕し、拳を握りしめた。「この村を…俺の手で?」


魔族の男は続けた。「そうだ、お前がこの村人たちを自らの手で始末し、魔族としての忠誠を証明するのだ。それができなければ、お前も彼らも共に消え去るのみ。」


ロキの中に湧き上がる怒りと絶望。彼は魔族としての力を持つが、彼の中にはかつての人間としての思いがまだ残っていた。エリンや村人たちとの日々が思い出される。そして、魔族である自分を拒絶することも、村を見捨てることもできない自分の狭間で葛藤する。


エリンが駆け寄ってきた。「ロキ、大丈夫?一体何が…」


彼女の顔を見た瞬間、ロキの心がぐらりと揺れた。守りたい相手が目の前にいる。それなのに、自分の力が彼女たちを脅かすかもしれないという現実が突きつけられていた。だがロキは、心の中で一つの決断を固めた。


「エリン、みんなをここから逃がせ。すぐにだ」


「でも、あなたは…?」


ロキはエリンの肩に手を置き、真剣な眼差しで言った。「大丈夫だ。俺がここで奴を止める。そのために、俺はここにいるんだ。」


エリンは不安そうに見つめたが、ロキの覚悟を悟ったのか、頷き、村人たちを避難させるために駆け出していった。


村人たちが遠くに逃れるのを見届けた後、ロキは再び仮面の魔族に向き直った。「さあ、来いよ。俺は俺の信じる道を行くために、お前に負けるつもりはない」


その瞬間、ロキは全身から黒い炎を立ち上らせた。かつての自分が到底扱えなかった力を今、解き放つ。魔族としての誇りと、人間としての絆。その両方を抱えて、ロキはかつてない覚悟を胸に敵と対峙した。


その闇の中、仮面の魔族もまた、獰猛な笑みを浮かべ、攻撃の構えを取った。双方の力がぶつかり合うことで、村は爆発的な魔力に包まれた。ロキは心の中で一つだけ祈った。――村人たちが無事であるように。


彼の運命が、これ以上変わることを恐れつつも、覚悟を持って戦いの渦中に身を投じるロキ。その魂は、今や一人の冒険者でも、一人の魔族でもない、新たな存在としての道を歩み始めていた。

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