ロキの冒険④



ロキと村人たちは、鬱蒼とした森の奥深くへと足を進めていた。足元には苔が密集し、湿気を含んだ空気が重く体にまとわりついてくる。エリンとその仲間たちは緊張した面持ちで武器を構え、いつ襲いかかるか分からない敵に備えているが、ロキは余裕の笑みを浮かべていた。


「本当に油断してていいの?」エリンが小声で問う。彼女はロキの肩越しに彼の視線を追うが、その先には不気味に静まる闇しか見えない。


「任せろ。俺には見えてるんだ…この森のすべてがな。」


その言葉が終わるや否や、ロキの目が異様に輝いた。魔族になってから研ぎ澄まされた視覚が、暗闇の中でも敵の位置を正確に捉えていたのだ。遠くの茂みから、小さな影が動き出す。それは、ゴブリンの一団。小柄な体躯ながらも、牙を剥き出しにして低い唸り声を上げている。


「くっ…あの数は厄介だ!」エリンが息を飲む。


だが、ロキは平然としたままだ。「見てろよ。これが、俺の力だ。」


彼は両手を広げ、ゆっくりと魔力を解き放った。すると、彼の体から黒い霧のようなものが噴き出し、周囲の空気が震え始める。村人たちは驚愕の表情で後ずさる。その黒い霧はロキの周りに渦巻き、まるで彼の意思を持ったかのように形を変え始めた。


「『闇の獣よ、我が手に従え』…!」


ロキが呟くと、霧が凝縮し、巨大な獣の姿に変貌した。黒い狼のような形をしたそれは、魔力の塊から生まれた存在だった。周囲に立ち込める威圧感は、ゴブリンたちを一瞬で怯えさせ、彼らの動きが止まる。


「さぁ、行け!」ロキの命令で、黒い獣が一気にゴブリンたちに向かって疾走した。その瞬間、森の中に凄まじい衝撃音が響き渡り、黒い獣が爪を振りかざすたびに、ゴブリンたちは次々と無惨に倒されていく。


エリンと村人たちはその光景を目の当たりにして呆然と立ち尽くしていた。「これが…あなたの力なの…?」エリンが震えた声で問う。


「そうさ、これが俺の新しい力だ。人間だった頃には持てなかったものだ。」


ロキは、かつての自分が冒険者としてゴブリン退治に苦戦していた記憶を思い出しながら、今の自分がどれだけ変わったかを実感していた。かつての弱き自分を打ち破り、強大な存在となった自分が誇らしかった。これから先、どんな敵が現れようと恐れることはない。魔族としての自分を思う存分生かし、好きなように生きていけるのだと。


しかし、ふと視線を戻すと、エリンが複雑な表情でロキを見つめていることに気づいた。彼女は恐怖と敬意が入り混じった眼差しを向けていた。ロキは、彼女が見せたその表情に一瞬だけ心が揺らぐのを感じた。


「さぁ、これでゴブリンの脅威は去った。俺たちは村に戻るとしよう。」ロキは、再び平静を装い、エリンに微笑みかけた。しかし、彼の心にはひとつの疑問が残った。「この力を持っている俺は、果たしてどこへ向かうべきなのか?」と。


村への帰り道、ロキの胸中には、魔族としての自由を求める自分と、人間として生きた記憶の間で揺れ動く複雑な感情が渦巻いていた。しかし、彼はまだ知らなかった。彼の選んだ道が、やがて運命を大きく変える旅の始まりとなることを。

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