第6話 私を頼ってよ(後編)

 僕が、集中治療室で目を覚ましてから1日が経った。


 カツン、カツン…


 ガララララ!


「調子はどうだい?響くん」

「体は動かせませんが、意識はしっかりあります」


「そうかい。それは、良かった」

 そう言って、マッスン先生は安心したように笑った。


「響くんの意識がしっかりしたから、今日一般病棟に移動するけれど大丈夫かい?」

「はい。大丈夫です」

「ありがとう。君は重症で免疫が活発に働いているから、すぐに眠くなると思うよ。だから、今のうちに寝ておくといいよ」

「わかりました」


 マッスン先生は、僕の部屋の移動の準備をすると言って病室を出ていった。


 マッスン先生も言っていたけれど、さっきまで寝ていたのにもう、すごく眠い…。

 そろそろ寝るか。


 僕は、目をつむるとすぐに意識が無くなった。



 目が覚めた。今は何時だ?

僕は、どれくらい寝た?


 あれ?右手に熱を感じる。

 ゆっくりと首を動かすと、そこには僕の右手を握っている妃菜がいた。

「妃菜…?」

「そうだよ。それに、お父さんとお母さんもいるよ?」

「え!?」

「おいおい響。そんなに驚かれるとお父さん達傷つくぞ?」

「響くん…意識が戻って良かったですッ…」


 お父さんは、いつも通り元気そうだけど目が真っ赤になっていた。そして、お母さんは目が覚めた僕を見て泣き出した。


「みんな…、ごめんなさい……」

「何を言ってる。今生きているんだからいいじゃないか…!」


 僕は、クラスメイト達には恵まれなかったけれど、家族にはほんと恵まれているなと思った。



 カツン、カツン…


 ガララララ!


「響くん起きているね。ちょうど良かった。そろそろ移動できるかい?」

「は、はい…。できます…」


 タイミング悪すぎるよぉ~!


 マッスン先生は気づく訳もなく、僕の病室を移動する準備をしてくれた。


 それから、病室の移動は30分かけて行われた。


 僕は、ずっとベットの上で横になっていただけなのにすごく疲れてしまった。

 けれど、妃菜は病室が移動したら僕が休みやすいように、静かにしてくれた。


けれど、僕は聞きたいことが沢山ある。少しだけ妃菜には、話し相手になってもらおう。


「妃菜。ここはどこの病院で今日は何曜日だ?」

「ここは、私達の住んでいる田舎のすぐ隣にある街の、大きい病院だよ。それで、今日は日曜日だよ。だから、昨日も今日も私はお兄ちゃんのお見舞いに来れているんだ~」


 そういうことか。

だとすると、僕は火曜日に学校で飛び降りて土曜日に目が覚めた。

ということは、僕は約4日間意識が無かったということか。


「なるほど。他に僕が寝ている間にあった出来事とかないか?」

「お兄ちゃんが、屋上から日。私は学校にいる時に、先生に呼び出されたの、「お兄さんが救急車で運ばれた。今からご両親が迎えに来る」ってね。それで、そのままお母さん達と、この病院に来たの」


 お父さんとお母さんは、仕事を抜けてまで僕の所に来てくれたのか。

 前のお母さんなら、絶対にこんなことはしてくれなかったな……。


「迷惑かけたな…」

「私はお兄ちゃんが無事で何より!それで、さっきの話の続きだけど、お兄ちゃんはこの病院で腹部の外傷がやばいからと言って緊急手術が始まったの!」


緊急手術!?

そっか。屋上から飛び降りて、たまたまウレタンマットがあったけれど、外傷は絶対にあるよな…。


「なるほど…。考えるだけでヒヤヒヤするな」

「それは、私のセリフですっ!お兄ちゃんが眠っている間ずっとヒヤヒヤしたんだから!退院したら私の言うこと1つ聞いてよね!?」

「分かったよ。どんなお願いでも受け入れるよ」

「えぇ!?いいの?」


 そう言って妃菜は、目を輝かせた。

 可愛い義妹いもうとだなぁ。


「いいに決まってるだろ?誰も僕の味方になってくれなかった中妃菜だけは僕の味方になってくれたからな」

「お兄ちゃん…。昨日も言ったけれど、困った時は私を頼ってよね!」


「あぁ。分かっている。妃菜も困った時は僕を頼れよ。今は体が動かないから何も出来ないけどな。」


 そう言って僕は、はははと笑った。


「はぁ〜、お兄ちゃんに何をお願いしよっかな〜」


 そう言って妃菜は、嬉しそうに笑う。

「本当になんでもいいから、いいのを考えておいてくれ!」

「分かった!」



「すまないが、眠くなったから僕は寝るよ。あれ?そういえば、お父さん達は?」

「さっきお兄ちゃんが入院するために必要なものを買いに行きました」

「そうだったのか…」

「うん!お兄ちゃんのオムツとかを買いに行きました!」

「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!静かにィ!」


 妃菜は、言われたくないようなことを大きな声で言いやがった。

 幸いにもここは個室だけど、隣の部屋とかには、もしかしたら聞こえていたかもしれない。

 けれどこれは妃菜の、僕に対する気づかいなのかもしれない。


「妃菜…」

「なに?お兄ちゃん」

「優しく育ってくれてありがとう」

「えへへ〜どういたしまして〜!」


 なんて素直で可愛いんだろか。


「寝るわ。おやすみ」

「おやすみ。お兄ちゃん」


 眠気が凄かったからか、直ぐに眠ることが出来た。



 ──平野 妃菜──


 お兄ちゃんは、今私の前で眠っている。

 いつもはかっこいいのに、寝ている顔はとても可愛い。

 そんなお兄ちゃんの寝顔を見ているだけで心臓が早くなる。


「はぁ…」


 今週に起きた出来事を思い出すと、恐怖でため息がでる。

 お兄ちゃんは火曜日に、学校の屋上から落ちた。恐らくお兄ちゃんは、自殺を試みたが、失敗したのだ。

 どうしてお兄ちゃんが自殺をしようとしたのかは、分からない。

 けれど火曜日の朝の、お兄ちゃんの様子は明らかにいつもと違った。


 お兄ちゃんが生きていて良かった。死んでいたら私はどうやって生きていけばいいの?

 お兄ちゃんは、私の生きる意味。

 お兄ちゃんに嫌な思いをさせる人は誰であっても許さない。


「お兄ちゃん、私に任せてね」



 ──平野 響──


 妃菜と一緒にいると、今までに起きた全ての嫌なことを忘れることができる。

 けれど、明日からは妃菜は学校だ。

 寂しいな。


 僕のせいで、妃菜が嫌がらせをされない事を祈るしかないな。


 目が覚めると、部屋は茜色あかねいろに染まっていた。

「もう夕方か…」


 妃菜は、もう帰ったのかな…。


 ……あれ、?

 右手に熱を感じる。


 首だけを動かして右の方を見てみると、妃菜が僕の手を握ってベットにもたれかかるようにうつ伏せで寝ていた。

 お父さん達はまだ来てないのかな?


 だとすると僕が寝た時間が、大体午後2時ぐらいだったから、妃菜はここに2時間半もいてくれている。


「妃菜。僕頑張って早く退院するから」


 それに答えるように妃菜が寝言を言った。

「んっ…お兄…ちゃ…ん……」


 どんな夢を見ているんだよ。

 僕は、静かな病室で1人苦笑していた。



 ガララララ!


「あれ?妃菜ちゃんが寝ているのか?」

 お父さん達が、妃菜を迎えに病室にやってきた。


「あぁ。僕が起きた時にはもう寝てたよ」

「そうか…」

 なぜか、お父さんはそのまま黙り込んでしまった。


 その、僕の疑問に答えるかのようにお母さんが口を開いた。

「響くん。妃菜は、響くんが目を覚ますまで、ずっと少ししか眠れてなかったの。

 響くんが、入院してからはずっと大地だいちくん(響の実の父)が、病院で響くんの様子を見ていてくれたのだけど、妃菜は毎日大地くんに響くんの様子を聞いていたの。それくらい、妃菜は響くんのことを心配していたの。

 だから退院したらでいいから妃菜を沢山甘やかしてあげてくれない?」


 妃菜の目の下にクマがあると思ったらそういうことだったのか…。

 僕は、みんなに迷惑と、心配をかけすぎだ。

 本当に、何をしているんだ僕は…。


「分かった。お父さん、お母さん、心配かけてごめん。そして退院したら、絶対に妃菜を沢山甘やかすよ。約束する」


「ありがとう響くん。明日から1人になっちゃうけれど、何かあったら私達を呼んでくださいね。仕事なんかすっぽがしてでも駆けつけますので!」

 と、お母さん。

「そうだぞ響。困ったら俺たちを頼れよ。いつでも駆けつけるからな!」

 と、お父さん。


 ほんと、似た者夫婦なんだから…。

 こっちまで恥ずかしくなってくるよ。


「仕事は、すっぽがしたらだめだろ!」


 そう、僕がつっこむと、お父さんと、お母さんは、少し声を出して笑いだした。

 僕も、つられて笑った。


 僕は、この時家族がこの人たちで本当に良かったと、心の底から思った。


「ん…?あ、!やばい寝てた!」

 妃菜は目を覚まし、僕と目を合わせると、顔を赤くして立ち上がった。


「妃菜」

「んっ?」

「心配してくれてありがとな!」


「うんっ!」

 少し間を開けてから、妃菜は勢いよく頷いた。


「んじゃ!帰るか。響、なんかあっても、なくても、しっかり連絡するんだぞ?また来るからな」

「あぁ。分かってるよお父さん!」


「響くん。早く元気になってくださいね〜」

「ありがとうお母さん!」


「お兄ちゃん。早く元気になって家に帰って来てね!」

「もちろん!ありがとう妃菜!」

「うんっ!」


 僕は、体を起こすことが出来ないが、せめて、3人が部屋から出て見えなくなるまでは、ずっと3人の背中を眺めていた。

「みんな、待っててね!」


 僕はこの時、早く体を治すことを決意した。

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