第5話 私を頼ってよ(前編)
夢を見た。
夢を見ている時は、僕はこれが夢だということには気づかなかった。
★★★
夢の中の僕は、中学2年生だった。
僕の胸の中に熱を感じた。
そこには、妃菜がいた。恐らく高校生に襲われた後のこと。
「お兄ちゃん…。助けてくれてありがとう。でも、まだちょっと怖いから手を繋いでくれない?」
手…?
あ〜、いや。ここら辺は田舎だから誰も通らない。
大丈夫だな。
「分かったよ。はい」
そう言って僕は、手を出した。
妃菜は、ゆっくりと僕の手を握った。
「「……」」
誰もいなくても恥ずかしいものは恥ずかしい。
「暖かい」
しばらくの間沈黙が続いたが、妃菜がその沈黙を壊してくれた。
「妃菜。もし今日みたいな事があったら僕を頼るんだぞ?」
「わかったよ。お兄ちゃん!」
そう言う妃菜の手は凄く小さかった。
僕はあの時、この手をずっと守っていこうと思った。
★★★
目を開くと、見えるのは見たことの無い白い天井。
僕は、しっかり死ねた。
針の山などがないからここは、恐らく天国だろう。
僕は、現世で散々嫌な思いをした。神様は、ちゃんと僕の事も見ていてくれたんだな。
僕は今寝転がってる様なので、もっと周りを見渡すために体を起こそうとした。が…
「うっ…」
痛い。体が痛くて体を起こすことすら出来ない。首は…、痛いが動く。
周りを見てみると、機械、機械、機械…。
ずっと気が付かなかったが、『ピッ、ピッ、ピッ』と、1定の速度で機械音が鳴っていた。
「……ど、どうして」
ここは病院だ。それも、集中治療室。
初めて見た僕でも集中治療室だと、分かるような完璧な設備。
僕の住んでいるところにこんなにいい病院は無いはず…。
だから、僕の住んでいる田舎の隣の街にある病院といった所か。
「あ、目を覚まされましたか」
「……」
看護師さんが僕に話しかけているけれど、答えることが出来ない。
「今すぐ担当の先生を、お呼びしますね」
そう言って看護師さんは去っていった。
どうして僕は、生き残っているんだよ。
「もう、死なせてくれよ……。生きていても苦しいだけだ…」
カツン、カツン…
恐らく担当の先生とやらが来たのだろう。
どうしてだれも、僕を1人にさせてくれないんだよ……。
「こんにちは。私は、君の主治医Masson《マッスン》・García《ガルシア》・López《ロペス》だ。是非『マッスン』とでも呼んでくれ。」
「……」
口が動かそうにも動かせない。僕はただ、マッスン先生の目を見ることしか出来ない。
「君は学校の屋上から、落ちたようだね」
「……」
「けれど君は運が良かった。落ちた所に体育で使うウレタンマットがあった。だから、君は重症ではあるが命は取り留めたよ。本当に良かった」
「……」
良くないよ…。僕は、死ぬことも許されないのか。
恐らく僕は、神にも嫌われているのだろう。
僕は、何をした?大好きだった人の為に頑張っただけじゃないかよ…。
…………。
プチンッ…!
僕の心で何かが切れた音がした。
冬美、お前だけは、絶対に許さない……。
僕は、怒りのあまり、
ピッ、ピピッ、ピピッ、ピピッ…
心拍数が上がって行くのが分かる。
けれど、完治するまで一体どれだけかかるのやら…。
マッスン先生は、一旦様子を見よう。と言って、看護師を残して集中治療室から出て行った。
マッスン先生が病室を出て約2分後…、廊下をばたばたと走る音が聞こえた。
え…?ここ病院だよね…?
ガララララッ!
勢いよく集中治療室の扉が開くのが分かった。
「お兄ちゃんっ!」
まさかの、先程聞こえた走る音は、妃菜のものだった。
「病室では静かに!」
そう言って看護師さんは、妃菜に声のボリュームを下げるように促す。
「ひ……な………ごめ……ん…な………」
「お兄ちゃんの馬鹿!!どれだけ心配したと思ってるの…!?」
妃菜は、つい先程看護師さんに指摘されたのにまた大声を出した。
「妹さん!声が大きいと、お兄さんが苦しくなりますよ?」
「あ、ごめん…。お兄ちゃん…」
「だ…い…じょう…ぶ…。ぼく…も…ごめ…ん…」
そこまで言うと、妃菜は泣き崩れてしまった。
看護師さんは、妃菜の背中をさすってくれた。
「ありがとうございます…」
少し涙が収まったのか、妃菜は看護師さんにお礼を言って立ち上がった。
そして、僕の方を向いて言った。
「お兄ちゃん…。何があったの?今すぐにとは、言わない。けれど、私に何があったか話してくれない?私はお兄ちゃんが嫌な思いをしながら毎日を過ごすなんて絶対に嫌。私だけでもお兄ちゃんの支えになりたいの。お願いだから私を頼ってよ…」
妃菜の本心と思えるその言葉は、誰も救ってくれなかった僕の心を救ってくれた。
頬を熱い何かが垂れたのが分かった。
これは涙だ。
僕は、中学校にいる全ての人に味方をして貰えなかった。
けれど妃菜は、そんな僕の為に泣いてくれた。そして、手を差し伸べてくれた。
僕は、この手を取らなかったらきっと妃菜の他に、誰も僕に手を差し伸べてくれないだろう…。
出来れば妃菜を巻き込みたくはなかったが今回は頼るしかないな…。
妃菜ごめんな…。こんなお兄ちゃんで……。
「あり……が…と……う……ぜっ…た…い…は…な…す…よ……」
「ありがとうお兄ちゃん。私は何があってもお兄ちゃんの味方なんだから…!」
そう言って妃菜は、僕に手を差し出してくれた。
僕は、力の入らない震える手を、無理やり動かして妃菜の手をとった。
あの頃握った妃菜の手は、とても小さく感じたのにどうしてか、今はその手がとても大きく感じられた。
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