第2話 家にて&妃菜の過去
僕は、なんとか陰口を言われ続けていたが、耐え延びた。
力の入らない足を頑張って動かし、やっとの思いで家に帰った。
正直家が見えたあたりから、涙が頬を伝っていた。
やっと安全なところに帰れる。
両親は二人とも働きに出ていて。家には年の近い妹(
妹は幸いにも自分の部屋にいたので、運良く家族の誰にも、泣いていることはばれなかった。
両親が帰るのはいつも深夜。だからいつもは、妹と2人で夜ご飯を食べている。
お母さんが作りおきの料理を冷蔵庫に入れてくれてるけれど、今日は食べなかった。
いや、正確に言うと食べられなかった。
彼女に裏切られた悲しみや怒り、そして追い討ちを打つかのように、同級生からの陰口や嫌がらせ。
そんな状態で食欲が出るわけがない。
後でお母さんになぜご飯を食べてないのかと聞かれると困るので、仕方なくLINEで、「熱が出てきたから夜ご飯は食べない。一日寝たら治ると思う」と、伝えた。
今日起きた出来事を思い出すだけでも全身の震えが止まらなくなる
眠れない。けれど寝ないと体に響く。
真っ暗な部屋に目が慣れてしまって尚更眠れなくなった。
ピコンッ♪
スマホが振動した。
スマホの画面をつけると、Xに一件の通知が来ていた。
『早く死ねよカス』
ついに陰口だけじゃ収まらなくなった。いったい誰から送られてきたんだ?
恐る恐る僕に、悪口を書いた人のプロフィールを開いた。
見たことないアカウント名だった。
僕がこの人に何をしたって言うんだよ。
気がつくと、涙が頬を伝っていた。
ほんと、ふざけんなよ。僕は震える手でこのアカウントをブロックした。
自分がされたら嫌なことは他人にするなよ。
なんてことは、嫌なことをされた人にしかわかんないんだよな…。
涙と鼻水が止まることなく出てくる。
隣の部屋にいる妹に心配をかけないように僕は、必死に嗚咽をこらえて震えていた。
気がついたら朝になっていた。
恐らく泣きつかれて寝落ちしたのだろう。
体がダルい。
家から学校まで歩いて10分の距離だけど、果たして学校までたどり着けるだろうか。
ベッドから立ち上がろうとしたその時。
足に力が入らず、思わず床に倒れてしまった。
ドンッ
鈍い音が耳元で聞こえてきた。
「お兄ちゃん!?大丈夫?」
廊下から妹の心配する声が聞こえてくる。
大丈夫だ。そう口に出そうとしても口が震えて声が出ない。
「お兄ちゃん?部屋に入るからね」
ガチャッ。
妹が僕の部屋に入ってきて、僕の体を起こしてくれた。
「ごめん。ありがとう」
「もうっ!お兄ちゃん心配させないでよね」
よく見ると妃菜の目には涙がたまっていた。
「妃菜……」
妃菜は、親の再婚で僕と兄弟になった義理の妹。だから、僕と違う学校に通っている。
僕が学校で何があったかは、まだ知らない様だ。
「お兄ちゃん…。そんなに目を赤くしてどうしたの?嫌なことされた?」
妃菜は、容姿の良さを理由に高校生にナンパされた事があった。
それをたまたま通りかかった僕が助けてから、僕に懐いてくれている。
「大丈夫だ。ちょっと悪夢を見てな」
妃菜に心配をかけたくなくて咄嗟に嘘をついてしまった。
「本当に?」
「あぁ。本当だ。心配してくれてありがとう」
そう言って妃菜の頭を撫でてやると、妃菜は嬉しそうに部屋を出ていった。
妃菜は、高校生に絡まれてから少し人間不信になっていた。
ここで僕のトラブルに巻き込むと今度こそ心を閉じてしまうかもしれない。
両親は夜遅くに帰ってきて朝早くに出ていく。
休日以外はほとんど会うことは無い。だから、妃菜は僕が守らないといけない。
そのためにも絶対に妃菜を巻き込まない。
ーー平野 日菜ーー
お兄ちゃんは、私にとってヒーローのような存在だ。
私のお父さんは、私が8歳の頃目の前で倒れた。
私はどうしていいかわからず、隣の家のおばあちゃんを頼った。
隣のおばあちゃんは、小さい頃からお世話になっている。
隣のおばあちゃんは、私のお父さんの様子を見てすぐに救急車を呼んでくれた。
けれど、お父さんは病院に搬送されても目を覚ますことはなく、息を引き取った。
原因は過労死。
お父さんが亡くなってから弁明したけれど、お父さんの働いていた所はかなりブラックだったらしい。
お父さんがなくなって私は数日間部屋に籠った。
お母さんも悲しんでいるはずなのに、仕事を休んでまで私の面倒をみてくれた。
私は、優しかったお父さんも、優しいお母さんも2人とも大好きだった。
けれど、私の13歳の誕生日の日。
お母さんは、少し気まずそうに言った。
「好きな人ができた。妃菜が良かったら結婚したいと思っている。私のお願いを聞き受けてくれませんか?」
その言葉を聞いたとき、目の前が真っ暗になった。
そっか、お母さんはもうお父さんのことを好きじゃないんだ。
けれど、お母さんは女手1つで私をここまで育ててくれた。
お母さんが再婚したとしても私は、その男と関わることは恐らくない。
だから、私は無理に笑顔を作って「いいよ」と言った。
お母さんは、嬉しそうに「ありがとう」と言った。
その嬉しそうな顔を見ていたら、胸がチクリと痛くなった。
この胸の痛みがひどくなる前に部屋に戻ろう。
「そういえば」
と、言ってお母さんは私を引き留めた。
「どうしたの?」
「私が再婚すると妃菜にお兄ちゃんができますよ」
「えっ?」
お兄ちゃん?でも、話さなかったら関係ないか。
そこでその話は終わった。
1ヶ月後。
今日は、お母さんの結婚相手とその息子、私の義理の兄になる人と食事をする日だ。
「妃菜。今日は、一緒に来てくれてありがとう」
お母さんのハンドルを握る横顔は、やけに笑顔だ。
「(お母さん。今まで育ててくれてありがとう。強く生きるよ)」
私はお母さんに聞こえない声で呟いた。
店の駐車場に車を停めて、店の中にお母さんと並んで入ろうとしたその時。
「
坂井それは、亡くなったお父さんの名字だ。
その名前を呼ばれたとき反射的にそちらの方を見てしまった。
しょうがない。だって私もお母さんも坂井。
だから、私もその名前を呼ばれて振り向いたのだ。
そこにいたのは優しそうな顔の、お母さんと同じ位または、それ以上の年齢の男性と、こちらも優しそうな顔の中学生位の男子。
見たことないから、恐らく違う学校に通っているのだろう。
「あら、平野くん」
そう言ってお母さんは、平野という人と楽しそうに話している。
外は寒いので、ということで私達は早速店に入った。
少し高めの値段のステーキの店だった。
恐らく私と、平野という人の息子さん(二人とも平野だけど)が、少しでも2人の結婚に前向きになるようにするためだろう。
私は少し気まずくて、すぐに料理を食べ終えてしまった。
私の義理の兄になる人も料理を食べ終えていた。
けれどお母さんと、その結婚相手は話に夢中で全然料理が進んでいない。
私の義理の兄になる人は、トイレに行くと言って消えていった。
気まずい…。
そういえば、この店には外の自然が見えるというバルコニーのような所があると、入り口の店内の案内図に書いてあった。
そこで少し時間を潰そう。
バルコニーのような所に行くと、私の義理の兄になる人が木の柵から体を乗り出して、外の自然を満喫していた。
私が近づくと、彼は私の存在に気づき少し恥ずかしそうにしていた。
「ねぇ。私は正直、死んだお父さんが可哀想と思ってしまうからこの結婚のことをよく思わないの」
「あなたはこの結婚のことをどう思ってる?」
「僕は、正直どっちでもいいかな。けれど、お父さん結婚すると決まってからずっと幸せそうなんだよ。だから、その幸せを奪いたくないとは、思うかな」
「私もお母さんの幸せを奪いたくないって思ってる」
彼は、「そうか」と、呟いて私に提案をしてきた。
「君が良かったらお父さんたちの前では仲の良い
「私も同じことを考えてた」
彼は、「そうか」と、ホッとしたように言った。
「僕の名前は平野 響。よろしく」
そう言って彼は握手を求めて手を差し出した。
響さんはきっと、周りをよく見ている優しい人なんだろうな。
「私は、坂井…、いや。平野 妃菜。よろしくお
そう言って私はお義兄ちゃんの手を取った。
それが私達の出会いだった。
私とお母さんは、食事会の2週間後に平野宅に引っ越した。
お義兄ちゃんと、お
私の部屋はお義兄ちゃんの隣だった。
部屋の音が聞かれると思うと、少し恥ずかしい。
きっとお義兄ちゃんは、私の事をそんな目で見ていないよね。
私は、お義兄ちゃんと仲の良い兄妹を演じると言ったが正直あって間もないお義兄ちゃんと、仲良くするのは少し抵抗がある。
そんなことを考えながら私は家の近くの公園でブランコを漕いでいた。
「ねぇ。君1人?良かったら僕達と遊ばない?」
3人組の高校生が話しかけてきた。
いわゆるナンパというやつだろう。
「嫌だ……」
「え?何て?聞こえないなぁ!」
そう言って高校生の内の1人が私の腕を強く掴んで、引っ張ってきた。
「痛っ!……やめて」
無理やり引きはなそうとするも、女子中学生の力では男子高校生には勝てなかった。
「この女!生意気なっ!」
左頬に強い衝撃が伝わり、遅れて鋭い音がした。
怖い。痛い。苦しい。
誰か助けて…。
「残念だったな。ここは都会と違って田舎だ。公園の周りを歩く人もいなければ、車で通る人もいない。お前は俺たちから逃げれないんだよ!」
そう言ってもう1発私の顔を殴ってきた。
「ッ…」
私はこの人たちから逃げられない、これからこの人たちの家にでも連れていかれて嫌なことをされるに違いない。
「もしもし警察ですか?"光公園"で、中学生ぐらいの女の子が3人の男子高校生に暴力を受けています。今すぐに来てくれませんか?」
高校生ではない誰かの声がした。
「くそっ!お前顔を覚えたからな覚えてろよ!」
やっと私の捕まれていた腕が離された。
誰だか知らないけど助けてくれたんだ。
顔を見るために顔を上げようとしたその時視界が大きく歪んだ。
「おっと!妃菜大丈夫か?」
聞いたことのある声だ。
「お兄ちゃん?」
「あぁ。そうだ」
お兄ちゃんは、間一髪のところで私を抱き締めるように支えてくれた。
お兄ちゃんの胸の中はとても広くて暖かかった。
「うぅ…。お兄ちゃん…。怖かったよぉ。誰も公園の周りを通らないからもう無事に家に帰れないかと思ったよぉ」
私は家の外だということを忘れて大声で泣いた。
けれど、お兄ちゃんは私の涙や鼻水で服が汚れるかもしれないのに、強く抱き締めて頭を撫でてくれた。
私はこの優しい手を忘れることは一生ないと思った。
お兄ちゃんは、私にとってのヒーローだ。
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