第19夜 茨の閨 ※性描写あり

※注意※

この回には一部性的表現を含みます。

苦手な方は閲覧にご注意ください。




 夜想亭3階——


 ここは支配人の執務室と私室、及び姫たちの私室のみが存在する階となっており、客はおろか店の従業員すらほとんど足を踏み入れることのない特別空間である。


 廊下には、ふかふかの赤絨毯が敷かれ、壁には美しい絵画がずらりと並ぶ。

 あたりには白檀サンダルウッドだろうか。優しく甘やかな香りが漂い、ここが俗世と隔絶された異界なのだと実感する。


 茨姫は侯爵の腕を引きつつ、まるで王城のように立派な廊下をしばらく歩いた後、とある扉の前で立ち止まった。



「ここですわ。どうぞ、お入りになってくださいませ」



 扉の淵に飾られた薔薇とツタのアーチを潜り抜け、足を踏み入れた先には、店のNo.2である茨姫の「接待室」が広がっていた。


 接待室。

 つまり客と褥を共にする閨の部屋のことだが、夜想亭では娘たちの私室の一部がそのまま客室となっている。


 接待室は、11間ほどの大きさ(約20畳)で、寝室と居間、風呂が一間続きとなっており、娘たちと客はここで思い思いの一夜を過ごす。


 居間の隣には、更に奥に続く部屋があるが、ここは娘たちの完全なプライベート空間。客が立ち入ることはほぼない。


 娘たちのランクによって、内装やインテリア、部屋の大きさに違いはあれど、基本的な構造はどれも同じ。


 それは茨姫も同様で、彼女は「王子」と甘い逢瀬を楽しむために、ここ、私室兼接待室である、彼女の半プライベート空間に侯爵を招き入れた。



「侯爵様。ようこそ、お越しくださいました。まずは上着をお預かりいたしますわ。その後はワインでもいかがかしら? 北方産の良い赤ワインがございますの」


 客を部屋に招き入れた娘がまず始めにすることは、客に「今夜の意向」を確認すること。そして「奉仕」の内容を決めることだ。


 この部屋の中では、客こそが主。


 娘たちをどう扱い、何をさせるかは全て客に選択権があり、娘たちはただそれに従って奉仕するのみ。客はこの一時のために大枚をはたいているため、金額に見合う価値を提供しなければならない。

 これは娼館の絶対不偏のルールである。


 なお、大抵の「主」たちがまず要求するのは――



「それとも…… 湯あみになさいます?」



 そう、情事である。客にその意向を受けた場合、娘たちは必ず入浴へ誘導する。


 これは客の気持ちを高揚させる前戯の意味合いもあるが、一番は清潔さを保つため――いわゆる性病対策である。


 数多くの男たちと体を重ねる娘たちにとって、性病は死活問題。

 特に梅毒はゼルガイア大陸において抜本的な治療法が確立していない不治の病であり、一度かかれば命すら落としかねない。


 そのため、罹患を防ぐ第一の予防線として、情事前の入浴を規則ルールとして定めている



 というわけで。茨姫から、

 まずはお喋りを楽しみますか?

 それとも…… さっさとやることやっちゃいますか?

と問われた侯爵は、顎に手を添えて悩む素振りをとった。


「そうだな、実に悩ましいが……」


 と間を稼ぎながら、茨姫の接待室を素早く観察くる。



 まず、部屋の奥には天蓋のかかった巨大な寝台。その横にはちょっとしたワインセラー。そしてゆったりとくつろげそうなローソファーとローテーブル。机の上にはチェスが置かれている。


 そして侯爵のすぐ隣には、衝立で仕切られた浴槽がある。

 浴槽には既に湯が張られていて――保温効果のある魔道具を使っているのだろうか、温かな湯気が流れてきて、侯爵の頬をゆるやかに撫でる。



「ふむ……」


 これほどまでに綺羅綺羅しい彼女のこと、さぞ部屋も贅を凝らしたものだろうと想像していたのだが、内装は以外とミニマムでシンプル。


 調度品は間違いなく一流品だが、決して華美ではなく、どちらかというと実用性を重視しているように思える。意外だ。


 そして特段、怪しいと思える物もない。

 まあここは私室の一部とはいえ、客が立ち入る接待室だ。

 見られて困るものをこの部屋に置くはずもないだろう。であれば。


 侯爵は瞬時に思考をまとめると、「今夜の意向」を決めた。



「……湯を頂こうか。貴女と共に入りたい」



 にこやかに微笑みながら告げると、茨姫からも全く同じ類の微笑みが返ってきた。ただし多分にトゲを含ませて。



「あらまあ。侯爵様ったら、なんとも若々しいこと。……私と会う前に他の娘となにやら逢引きされていらしたようですが、随分と元気が有り余っておられますのね?」


「……なぜ知っている」


 侯爵が僅かに目を見開くと、茨姫はつまらなさそうに鼻で笑った。


「あら、そんなに驚くほどのことかしら。この店で起こっていることをほぼ全て把握しているというだけですわ。それくらいの能力がなくては、大陸随一の娼館のNo.2になど到底なれなくってよ」


「……それでナイフを投げたのか? 君と会う前にヒスイと会ったから?」


 驚きのあまり、つい核心めいたことを呟いてしまったのだが、


「は? むしろ心にナイフを投げられたのは私の方ではないかしら。あの『鉄の処女』なんかと遊ぶために、私の展覧会の開催を遅らせるなんて…… 矜持共々、いたく傷つきましてよ」


 とまたもやトゲ付きの応戦を受けた。その態度は純粋に、自身より下位の娘を優先された怒りがあるだけで、それ以上の感情は見られない。


「だからこの後の働きで挽回してくださいましね、王子様? その…… 指輪の話も…… 後ほどゆっくりと伺いたいですし……」


 今度は頬を赤らめてモジモジとしだした。どうやら、あの指輪を贈って貰えることが本当に嬉しいらしい。

 これはどういう意味か。

 侯爵はだんだん分からなくなってきた。



「コホン、ごめんあそばせ。話がそれてしまいましたわ。それでは改めて。王子様のお望み通り、今宵は湯あみから始めましょう。ご自分で脱がれますか? それとも私が?」


 茨姫が誘うように見つめてくる。


 なんとも…… そそられる表情だ。


 沸々と体の奥底から湧き上がってくる情動を当初の目的りせいで抑えながら、あたかもこの逢瀬を存分に楽しんでいるかのような口ぶりで答える。


「いや、私が貴女の服を脱がせたい」


 茨姫は無言で微笑んだ。どうぞお好きなようにという笑みだ。

 そのどこか挑発的な顔に誘われて、侯爵は茨姫の真紅のドレスに手をかけた。



 背中に手を回し、ドレスのボタンをひとつ、またひとつと、解いていく。五つほど解いたところで、


 ぱさっ。


 茨姫の身を包んでいた美しい薔薇の花びらが舞うように散り、白く美しい裸体が露わになった。


 茨姫は下着を身に着けていない。まことの花の如く、纏っているのは薔薇の花びらだけで、その下に隠された茨姫の全てが、舞い散る花弁の中からあらわれる。



 染みひとつない、透けるような白い肌。


 少しの力入れただけで手折れてしまいそうな、ほっそりとした手足。そして腰。


 対して双丘は柔らかな丸みを帯びてふっくらと、その頂きに宿る薔薇の蕾はツンと気高く、自らを誇るように瑞々しく咲き誇る。


 なんとも煽情的で、例えようもなく――


「美しい……」


 気がつくと侯爵の口から感嘆のが漏れていた。


「ふふ…… では侯爵様も……」


 茨姫は恥じらうように頬を薄紅に染めながら、侯爵の衣服に手をかけた。のだったが、


「待て。まだそれが残っている」


 茨姫の右腕に纏ったままの長手袋を指差した。

 すると姫の表情がさっと曇る。


「あ、これは…… このままでもよろしくて? その…… お目汚しになりますから」


「風呂に入るのに手袋を外さないだと? 何ともおかしなことを言うものだ。私は気にしないから取りなさい」


 そう言って茨姫の右腕を掴もうとしたところ、


「や……ッ! ダ、ダメですわ。触らないでくださいまし」


 ぱしりと手を払いのけられた。


 右腕をさっと体の後ろに隠しながら、ますます頬を赤くしながら睨む。

 その顔は居丈高な令嬢の顔、というより、愛しい男にいじわるされて拗ねる純朴な少女のようであった。


 ―—ぷつん


 全裸の娘の、潤んだ瞳を前にして侯爵の中で何かが弾けた。


「駄目だ。見せなさい」


 侯爵は強引に後ろ手に隠した腕を掴もうと手を伸ばした。

 すると茨姫は抵抗して壁際まで逃げ、なんとしても右腕を触らせないようにする。


「……悪い子だ」


 侯爵はペロリと下唇を舐めると、そのまま茨姫の体を自らの体で抑え込んだ。


「きゃあ……っ!」


 侯爵の体と壁に挟まれる形になり、茨姫から微かな悲鳴が漏れる。


「見せなさい」


 侯爵は長年戦場で鍛え抜かれた衰えを知らない肉体を、ぴったりと。茨姫の白く柔らかい躰に密着させながら、姫の耳元で熱く囁く。


 しかし茨姫はなおも強情に、


「…………やだッ!」


 半ば声を潤ませながら頭を振る。


 もはや客を愉しませるための演技なのか素なのかわからないが、姫の弱々しい抵抗は奇しくも侯爵を本気にさせた。



「ん…………っ」


 侯爵は茨姫の唇に噛みついた。


 強引に唇を重ねて動きを奪う。

 舌を滑り込ませて、荒々しく、甘く口内を踏みしだいて思考を奪う。



「は……っ、あ…………ッ!」


 次第に茨姫の吐息に甘いものが混じり始めた。

 顔が蕩けるようにふやけ、頬が薔薇のように蒸気する。


 躰から力が抜けていき、侯爵の厚く、逞しい背中に両腕が回る―—


「良い子だ」


 今ひとたび、耳元で甘く囁くと、


「あっ……!」


 侯爵は自身に回された茨姫の右腕を掴んだ。

 そして一気に手袋を引き抜く。

 そこに現れたのは――




「え……?」




⭐︎つづく!

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