第18夜 娼館の夜はかく更け往き

「金の玉花はな1本! に、銀を2本を加えて…… これでどうだ!?」


「フフ、いいわ。それで手を打ってあげる」


「はーあ、絞るねぇ。さすがはカーネリア。毎度、財布の限界ギリギリを突いてきやがる」


 フォーゲルは参りましたと言わんばかりに諸手を挙げたが、その顔には夜の相手を仕留めた興奮が滲み出ている。




 時刻は暮れの四刻半(およそ22:00頃)。


 展示会がお開きになったホールは現在お祭り騒ぎで、茨姫を射止めた侯爵に祝杯を挙げる者、侯爵の幸運にあやかろうと店の従業員に夜の交渉を仕掛ける者、はたまたすげなく断られてやけ酒している者など、店内が歓喜と興奮で騒然としている。


 そして幸運にあやかりたい者の一人であるフォーゲルは、片っ端から娘たちに声をかけ、今ようやく、今夜の相手を見つけるに至ったのであった。



「じゃあ、俺は今から一試合きばってくるわ。ニイさんはどうすんだ?」


「おれは発泡酒これを飲んだら宿に帰ります」


 ファジルが飲みかけのジョッキを掲げると、フォーゲルは「マジかよ」とおどけてみせた。


「おいおい、こんな良い夜に一人寝なんて正気か? 俺だったら寂しくて死んじまうね。ニイさん、シトリとイイ感じだったじゃねえか。もっぺん声かけてみれば?」


「いや、おれは別に……」


 もごもごと言い淀みながら、ファジルの脳裏にパッと金の向日葵のような笑顔が浮かんだ。


 今日初めて会ったばかりだというのに、第一印象が強烈すぎて忘れるに忘れられない。どころかだんだんと存在が大きくなっている気さえする。


 ファジルはさっと店内を見渡した。

 店の中は酔った客でごった返していて、金髪の少女——シトリを見つけることはできなかった。


——彼女は今夜、どうするんだろう……


 入店時は気がつかなかったのだが、この店は酒場、兼、娼館だったらしい。なので、この店の従業員であるシトリもまた娼婦なのだろう。


 彼女は今、先ほどのフォーゲルのように客から交渉を持ちかけられ、夜の相手を品定めしている最中なのだろうか。


 ファジルの脳裏に、シトリが他の誰かに強く腰を抱かれ、熱い接吻を交わす情景が浮かびあがる。


 なんだろう、とても不快だ。


 手に持ったジョッキを一気にあおり、不愉快な胸の焦れを発泡酒エールと共に飲み下すと、ファジルは誤魔化すように笑った。


「今日、この国についたばかりで疲れてるし、ベッドに倒れ込んだら寂しさを感じる間もなく落ちますよ」


 実際、大量の酒精アルコールを入れたせいで、なんだか意識が朦朧としてきた。

 このままだとここで酔い潰れてしまうかもしれない。

 早く店を出ないとと思い、ファジルはふらつきながら立ち上がった。



「おいおい、大丈夫か」


 フォーゲルは酔いが回ってよろめいている青年を見て苦笑すると、肩を貸してやるためにファジルに近づいた。その時。


「…………ジェイド?」


 ぽつりと。ファジルが誰かの名前を呟いた。

 夜空のような群青の瞳の視線の先を追ってみると、客に従業員。数多の人々でごった返す酒場の一風景ワンシーンがあるばかりで、何を見つめているのかわからない。


「なんだ、知り合いでもいたか?」


 少なくともフォーゲルの知る限りでは「ジェイド」という名前の従業員はいなかったはずだが。


 するとファジルは酔いが冷めたようにハッとなり、頭を軽く振った。


「いえ、なんでもないです。 ……今日は思いのほか飲み過ぎました。また出直します」


「ああ、そうしな。『夜想亭』は明日も明後日もここにある。いつでもお前を歓待してくれるさ。ちなみに俺もな?」


 フォーゲルは快活に笑った。


「次来た時は、長年のリサーチによって磨き上げたレディの攻略法を教えてやるよ。因みに俺の最推しの娘はアメジアっつー、この店の…… あ、痛て!」


 最推しが自分じゃなかったことにムッとしたのか、カーネリアが思いっきりファジルの尻をつねった。


「無駄口叩いてないで、さっさと上行くよ。アタシ今日、あと2人くらい客取りたいからぐずぐずしてらんないの」


「おいおい、つれねぇこと言うなよ。今日は朝まで俺と過ごしてくれるんじゃねぇのか?」


 カーネリアは、鼻で笑った。その態度からはサバサバした気の強さがにじみ出ている。


「何言ってんの。あれっぽちの金額で朝までアタシと一緒にいられるなんて思わないでよね。アンタの相手は、せいぜい一刻ってところね。あとは勝手に一人寝しときな」


「えぇ!?」


 カーネリアのけんもほろろな言い草に、フォーゲルはわざとらしく泣き崩れた。

 客に対してかなり尊大な口調だが、フォーゲルは常連らしいから気心の知れた相手だけに見せる「特別な顔」なのかもしれない。


 ファジルはシトリが去り際に見せた「ふやけた粥みたいな顔」を思い出して、思わず頬を綻ばせた。




 こうしてファジルにとって初めての「夜想亭」の夜は、終わりを告げた。

 大陸随一の酒場は高級娼館であり、噂以上に絢爛豪華で、活気に満ちてて、変な人がいっぱいいて、眩暈がするほど賑やかしいが、



「悪くはなかったな」



「夜想亭」とは長い付き合いになる、そんな予感がした。




【娼館お仕事メモ】

▼娼婦と過ごせる時間ってどう決まるの?


・現代の夜のお店だと何分いくらと、あらかじめ時間が決まっていますが、「夜想亭」では「最長朝6:00まで」とMAX過ごせる時刻だけが決まっているだけで、逢瀬の時間は事前交渉によって決まります。


・高級娼館でもっとも需要が高いのは、一夜丸ごと朝まで共に過ごすこと。娘たちは教養に溢れ、芸事も達者なため、政治討論、チェスの相手、楽器の演奏などなど。情事以外にも様々なスキルでお客様をおもてなししてくれるので、遊ぶ内容に事欠きません。


・彼女たちの巧みな接待術により、時間が経つのを忘れ、あれ?まだなんにもしてないのに、気がついたら朝なんですけど…… ということもしばしば。娘たちは大なり小なりみな強かなので、夜想亭にお越しの際は、当初の目的を忘れぬようお気をつけください。


・なおカーネリアのように、やることやったらハイ次!というサバサバした娘もおります。その分、逢瀬のお代もお手頃になってますので、ケースバイケースですね(フォーゲルは足下見られて搾り取られてましたが)。

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