第14夜 王の指環の鑑定④ あらゆる犯罪の影に顎が潜む

「犯罪組織から…… 押収?」


 思った通りのキナ臭そうな話にヒスイは思わず顔をしかめた。



 その犯罪組織の名は「竜の顎アギト」。

 ゼルガイア大陸全土を股にかけて暗躍する犯罪者集団である。

 組織規模は不明だが、世界各地に構成員が潜伏していると言われており、あらゆる犯罪の影にアギトが潜むと揶揄されるほどである。



「奴らの悪事を挙げればキリがないが、ともかく、我が旧公国軍は祖国の平和を脅かす彼の組織と抗争状態にあり、つい先日、とある拠点の制圧に成功したのだ」


 そして接収したアジトを調べたところ、窃盗品と思われる大量の宝飾品が見つかった。


「その中の一つが、この『王の指環もどき』だったということなんですね」


「ああ、そうだ。この指輪が見つかった時、軍は騒然となった。なにせ長年行方不明だった我が国の至宝とそっくりだったからな…… ついに『王の指環』が見つかったと大騒ぎになったよ」


 指輪は秘密裡に軍部に持ち帰られ、鑑識にかけられることになった。

 しかしここで事件が発生する。



「指輪の鑑識にあたっていた鑑識官が突然、『俺こそが王の指環に認められた真の王である』などと支離滅裂なことを叫びながら暴れ出したんだ」


 正気を失った鑑識官は、その場で取り押さえられて拘束。そしてその手から「王の指環」を取り上げると、たちまち正気を取り戻し――こう訴えた。



「指輪に嵌った赤い石。あれを拡大鏡で覗いた時、金色の魔力が体に注ぎ込まれるような感覚を得たと。そして脳裏に何者かの声が囁きかけてきたと」


 その囁きを聞いた途端、魂と肉体が分離したかのように意識が朧気となり、そこから先の記憶がない、というのが鑑識官の供述だった。



「どうだ、まるで伝説に謳われる本物の『王の指環』のようだろう。だがここで一つ懸念が浮上した。それは手にした者を狂わせるという点だ。『王の指環』の伝承は数あれど、そんな逸話は聞いたことがない」


 果たしてこの指輪は本当に王の指環なのか。


 軍内でも意見が真っ二つに割れ、揉めにもめた。

 三日三晩の議論の末、導き出された結論が、


「現時点の情報だけでは決定的な判断は下せない。優れた知識と技術を持つ一流の鑑定士に、今一度鑑定して貰うべきだということになったのだ」


 そうして軍部による鑑定士探しが始まった。

 ラクリア旧公国は貿易国家。商業の発達に比例して鑑定士の数もそれなりに存在するが、今回の鑑定は伝説の至宝。通常の宝飾品とはわけが違う。


 なかなかお眼鏡に叶う人材が見つからず途方に暮れていた矢先、軍事顧問であるオルキデア侯爵の耳にこんな話が飛び込んできた。



「『夜想亭』に腕利きの鑑定士がいると。なにやら見たこともない魔道具と魔法を駆使して、どんな宝飾品であってもその真贋を見抜いてくれるとね。その後のことは…… ご存じの通りだ」


 侯爵はその噂を頼って、ここ「夜想亭」まで鑑定依頼にやって来た、というのが事の顛末である。



「噂は全て本当だった。洗練された技術と卓越した専門知識に基づく唯一無二の鑑定スキル。いや、見事だった。多少、頭が緩いのが気がかりだが、わが軍の鑑識官として雇いたいくらいだ」


「えへへ、それほどでも~♡ じゃ、なーーい!!」



 ヒスイは侯爵に褒められて一瞬デレかけたが、すぐに我に返って目を剥いた。


「つまりなんですか。鑑定したら頭のおかしくなるヤバげな指輪を、嘘ついて私に鑑定させたってことですか!? 酷くない!? 私の頭がパーになったらどうしてくれるんですか!」


「君は既に頭がおかしいようだから、もういいかなと思って」


「はいィ!?」


「冗談だ。君は反応が大きくてからかい甲斐があるな」


 侯爵は、ひん剥いた両眼に「クソ」「ったれ」と浮かんでいるヒスイを見て、笑いが堪えきれず、小刻みに体を震わせた。

 本当に珍妙な娘だ。



「危険な真似をさせてすまない。だが気が狂うのは指輪を持っている間だけ。いざとなればその手から離せばいいし、結果論ではあるが、君はそうならなかった」


 むしろ正気を失いかけたのは侯爵の方だった。

 あの指輪が放つ魔力を浴びるとどうなるか分かっていたのに、内から湧き出る衝動が止められなかった。


 あの時、理性が緩んだ頭に浮かんでいたのは、「自分こそが王である」という確固たる自信。そしてもう一つは「何もかも己の物にしてやりたい」という凄まじい征服欲だ。


 侯爵は鑑定の知識もなければ、王の指環の見分け方もわからないが、一つ言えることは、


「これは王の指環ではない。如何に姿形が似ていようと、金の魔力を帯びていようと、持ち主を惑い狂わせ、破滅をもたらしかねないこの指輪は偽物だ。よって私は君の鑑定結果を信じる。流石だ、鑑定士ヒスイ殿」


 そう言うと朗らかに笑った。



「ま、まあ、そういうことなら? やぶさかではないけども?」


 危険な指輪を鑑定させられた件に関して、なんだかうやむやにされた気がするが、鑑定依頼を達成できて内心飛び上がるほど嬉しいので、ここは素直に賞賛を受け取っておく。



「だけど今回の鑑定で『王の指環』でないことは明かせましたが、結局、この指輪の正体が何なのかはわかりませんでしたね……」


「ああ、そうだな」


 なぜ、贋作から王の指環のみが持つはずの黄金の魔力が噴出するのか。

 そしてなぜ、持つ者を狂わせるのか。

 この2つの謎が解明できていない。


「恐らく『竜の顎アギト』が関わっているのだろう。あの組織は禁じられた『魔道具生成クラフト』に手を染めている。怪しげな魔法がかけられているに違いない」


「え? 魔道具って作ることを禁じられてるんですか?」


 また知らない情報が出て来て、思わず疑問が口をついて出た。

 どうせこれもこの大陸の一般常識なのであろう、またもや侯爵が変な顔をしている。



「むしろ何なら知っているのか知りたいところだが…… まあいい。魔道具は300年も前に当時の王によって、新たに生み出すことを禁止されている。装備すれば誰もが簡単に魔法を行使できる魔道具は、使い方を誤れば大いなる惨劇を生むからな」


 かつて魔道具とは、未開の大陸で厳しい暮らしを営む人々を手助けする目的で生み出されたものだった。しかしいつしか、魔道具は戦いの道具として扱われるようになり、人を殺めることに特化した殺戮兵器として進化していく。


 その結果大陸全土を巻き込んだ酸鼻極まる大戦争に発展。国がいくつも滅び、多大なる人命が失われたという。



「そのため、大戦争を集結させた英雄——大陸全土を統一した覇王のことだが、彼の王によって魔道具の破棄と生産停止が命じられたのだ。かつては珍しくもなかった魔道具だが、現在非常に希少性が高くなっているのはそのためだ」


 なお時代が降り、現在も魔道具の生成は禁じられたままだが、魔道具の所持については、法皇庁の厳正な審査を通りさえすれば、安全に配慮した上での使用が認められている。

 争いの火種になるとわかっていても手放すことができない。それほどまでに魔法とは画期的で便利な力なのである。



「ともかく、この指輪は『竜の顎アギト』の手が加えられた危険なシロモノということで間違いないだろう。はぁ、これでまた奴らを潰さなければならない理由が増えた。頭が痛い」


 侯爵は頭痛を抑えるように軽くこめかみを揉んだ後、気を取り直してヒスイと向き合った。



「さあ難しい話はここまでだ。いよいよお待ちかねの報酬タイムといこうじゃないか」


「待ってましたぁ!」


 ヒスイは満面の笑みを浮かべて飛び上がった。

 自分で言うのもなんだが、今回の鑑定結果は極めてスマートかつ、エレガントだったはず。恐らく相当な額を期待できるはず。

 金貨が1枚、いや2枚…… 3枚かな!?


 すっかり目が金貨マークに変わったヒスイの眼前、粗悪なテーブルの上に、侯爵は景気よくバシィ! と「報酬」を叩きつけた。

 そこに置いてあったのは――



「見事な鑑定の腕前を披露してくれた君には、この! 偽の王の指環をあげよう!」




☆侯爵、許すまじ! 次回、報酬交渉編。そして本当に鑑定回ラスト!


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