第13夜 王の指環の鑑定③ 呪いの力
「この指輪は『王の指環』ではありません。だってこの指輪の石は!
必死に声を張り上げるも、指輪に魅入られ興奮状態にある侯爵はこちらを見向きもしない。
今にもその指に、黄金の指輪を嵌めてしまいそうである。
「ダメ……!」
―—その指輪を嵌めては駄目。良くないことが起きる気がする
理屈ではない。直感としか言えない感覚が襲い、考えるよりも早く体が動く。
ヒスイは自身の右手薬指、そこに嵌めている小さな緑の石の指輪に触れた。
ひんやりとした石の感触を確かめながら意識を集中させると、ありったけの力を込めて叫ぶ!
『静まりなさーい!!』
その声は音を成さなかった。
だがしかし、ヒスイの『声』は空気の代わりに侯爵の内を震わせる。
脳内に突如響いた大音響の女の声に、侯爵は盛大に驚き、思わず指輪を取り落とした。
すると、指輪から放たれていた黄金の奔流がピタリと止まった―—
「な、なんだ、今のは……」
侯爵が呆然と呟いた。
驚愕に目を見開くその表情から、先ほどまで見え隠れしていた狂気が消え失せている。
すっかり正気に戻ったようだ。
それを見たヒスイはホッと胸を撫で下ろした。
「良かった…… 侯爵様、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
侯爵は地面に転がる指輪を見つめた。どうにも指輪から金の光が溢れてきたあたりから、記憶が朧気である。
どうやら指輪が発する高密度の魔力にあてられて、一時的に理性が飛んでしまったようだ。
「話には聞いていたが、まさか、私がこうなるとは……」
侯爵は小さな声でボソリと呟いた後、「取り乱してすまない」と頭を下げた。
そしてヒスイが先程見せた不思議な力、その媒介であろう緑の石の指輪に視線を落とす。
「しかし驚いた。君は魔法も使えたのか。鑑定の技術と言い、魔法といい、つくづくミステリアスな女だ」
「え、いやぁ…… これは、魔法ではなくその…… ハハ」
や、やばい……
ヒスイは内心、大汗をかきながらウロウロと視線を彷徨わせた。
ヒスイはこの世界の「魔法」というものを知らないので比較できないが、この力はどちらかというと「呪い」。怪奇現象の一種だと考えている。
この呪いはなんとも特殊で、ヒスイが手作りしたアクセサリーを身につけている間だけ発動する。
呪いの効果は、「考えてることが相手に直接伝わってしまう呪い」や「毎日犬のウンコを踏んでしまう呪い」など様々。
この原因不明の呪いのせいでヒスイは学校では散々いじめられ、前職のジュエリーショップもそれが元でクビになった。まさに不幸の象徴のような力だ。
そしてもしかしたら「突然体が発光する呪い」も追加されてしまったかもしれない―—
とにかく、先程はやむを得ずうっかり使ってしまったが、この力についてはあまり言及されたくない。
ヒスイはごまかすために、さりげなく自分の話から話題を逸らした。
「あの、この大陸では魔法って…… ポピュラーなものなんでしょうか。その、王の指環だけでなく?」
すると侯爵は怪訝そうに眉を跳ね上げた。
「君自身、魔法の指輪の所有者なのに知らないのか? 魔法は魔道具さえあれば使えるだろう。ただ魔道具は非常に希少だから、一般的ではないな。ちなみに、金色の魔力を発現するのは『王の指環』だけだと言われている」
「そ、そう言えばそうでしたね、ハハ…… あ、だから、金ピカの嵐を呼んだこの指輪は『王の指環』ってことなのかぁ。納得。 …………ってそうじゃない!」
ここでようやく鑑定結果のことを思い出し、ヒスイは思わずつっこんだ。
「違うんです、侯爵様! 石を鑑定してわかったのですが、この指輪に嵌っている赤い石。これは
それは鉱物の一種で、磨くと美しく輝くことから宝飾品としても親しまれる赤色の宝石である。
その特徴はなんと言っても発色の美しさと高い透明度。
カットを加えることで光を捉えて燦然と瞬き、余すことなくその魅力を堪能できるのだが、
「見た目が
傍目にはどちらがそうか見分けがつかないほど酷似しているこの宝石は、
「微妙に赤の系統が異なるんです。
侯爵は図録に描かれたレディ・リリィシアの肖像画と手元の赤い指輪を見比べたが、その違いが全く分からない。
首を振る侯爵を見て、ヒスイは頷いた。
実はこの
ヒスイはこの指輪をみた際、石の赤みが
もし、これが本当に
確信に近い予感は、真実となった。
「熟練の鑑定士でもこれを見分けるのは困難。だから
今回侯爵が鑑定に持ち込んだ指輪は、「レディ・リリィシアが持っていた
鑑定結果、この指輪は
「『王の指環』ではない――非常によくできた贋作、ということになります」
「…………ふむ」
侯爵はむっつりと黙り込んだ。
老成した顔は暗く翳り、ヒスイの目には「この鑑定結果に納得がいかない」と言っているように見える。
なぜならこの指輪は先ほど、王の指環の特徴である「黄金の魔力」とやらを発現してしまっているからだ。この現象を解明できない限り、説得力に乏しいのはヒスイの鑑定の方。
インチキを言っていると思われても仕方ない。
「だけどそうなると、私の貴重な報酬がぁぁぁ……」
鑑定結果にご納得いただけない場合は当然報酬もナシ。これまでの努力は骨折り損であり、そして、
「このままだと奴隷市場に売り飛ばされちゃうああああ」
ドナドナ待ったなしである。
これはなんとしても鑑定結果を受け入れて頂くしかない。
そう考え、解決策を捻りだすべく、ヒスイは全国模試全教科オール赤点の頭をフル回転させた。のだったが。
「そうか、この指輪はやはり偽物であったか。困ったことになったな……」
なんと。ヒスイがベストアンサーを導き出す前に、侯爵はすんなりと鑑定結果を受け入れた。
「え! 信じてくれるんですか!?」
予想と異なる反応に驚きを隠せない。
侯爵はそんなヒスイの顔を見て、何かを葛藤するような難しい顔をした後。観念したように息を吐いた。その目には軍人然とした鋭く厳しい光が宿る。
「ここまでくれば隠し通せるものではないか。いいかね、鑑定士殿。今からする話は軍事機密に触れるものだ。くれぐれも他言無用で頼む」
「あ、いや、結構です」
「そうあれば、今から半月ほど前の嵐の夜だった――」
「ちょっと!?」
侯爵の言葉の端々から感じるキナ臭すぎる事件の匂いに、ヒスイはこれ以上の面倒は背負いこめないと、咄嗟にご遠慮願い出た。
のだったが、小市民の声は大貴族様の耳には届かなかったようで、願い虚しく、一市民が知ってしまったら即刻消されそうな重要機密を淡々と語り始める。
「私は先ほど、この指輪が侯爵家の宝物庫の隠し戸棚から発見されたと言ったが、実は、あれは嘘だ。本当は、とある犯罪組織のアジトから押収したものなんだ」
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