第11夜 王の指環の鑑定① 黄金の重さ

「王の指環でないことは鑑定できる、だと?」



 侯爵はヒスイの発言の意味するところが分からず、目を細めた。


 偽物でないことが証明できたとして、侯爵が知りたいのはこの指輪が「王の指環であるかどうか」だ。

 ヒスイの言い分だと結局、王の指環かどうか判断できないと、そう言っているように聞こえるのだが……


 しかし、目の前の鑑定士は堂々と、確固たる自信を持って言い切った。



「それを今から、私が証明してみせます。おまかせください!」



 あれだけ無知を晒して、なぜそこまで自信が持てるのか皆目見当がつかないが、そもそも侯爵も駄目元でこの店に鑑定を依頼しに来た経緯がある。

 ならばこの珍妙な娘に任せてみるのも面白いかもしれない――



「わかった。では君に任せよう。是非とも私が納得できる鑑定結果を頼むよ」


「かしこまりました!」


 ヒスイは元気よく頷いた後、急に表情を引き締めた。

 白い綿布の手袋をはめ、魔石灯のランプを手元に寄せると、光量を最大まで調節。


 指輪を目前に掲げながらじっくりと、正面、真横、裏側。あらゆる角度から指輪を観察し、その作りや材質、傷の有無などを念入りに確認していく。



「見事な細工の指輪ですね……」


 そう思わず呟いてしまうほど、この指輪の造形が素晴らしい。


 まずは指輪の中央に嵌った石。色は透き通るようなワインレッドで、目視で確認できる傷や内包物インクルージョンもなし。


 石に施されたオーバルファセットカット(丸みのある楕円形のカット)、その見事な58面体からは紛れもなく熟練の職人技が見受けられる。


 そして特筆すべきはその大きさ。

 石にノギス(サイズを測る工具)を当てて計測したところ、その縦幅はおよそ12mm。5ctはあるだろう。

 この色、透明度、そして5ctもある紅玉ルビーとなると、相当な価値となる。



「リングの彫刻も素晴らしいです」


 指輪の土台となるリングの色は黄金。まろやかで温かみのある輝きを放ち、外および裏、共に目立つ傷はない。


 そして特徴的なのはショルダーに施された彫刻。ユリを模した繊細な意匠は威厳があり、同時に淑やかさも感じられる。


 石といい、リングといい、まるで持つ者の権威を誇るかのような堂々たる出来。まさに女王の身を飾るに相応しい王者の指輪である。



「ということは、これは王の指環ということか?」


 侯爵がソワソワと期待に満ちた目を向けるが、ヒスイは即座に頭をふった。


「いえ、現時点ではなんとも…… 素材の真贋を確認してからでないと」


 そう言うとヒスイは道具箱から、次の道具を取り出した。それは天秤。重さを測る時に使われる、何の変哲もない重量測定器だ。



「これを使って、指輪の材質が『金』であるか調べます」


 まず片方の皿に指輪をセット。そうして反対の皿にピンセットを使って分銅を置き、釣りあうまで丁寧に調整していく。


 するとおよそ1gの分銅8個分で釣り合った。それを見たヒスイは、


「あ、この指輪、金ですね」


 と、いきなり断定した。



「ちょっ、ちょっと待ってくれ。なんで重さを測っただけで金だとわかるんだ」


 思わず突っ込むと、なぜか当の本人も驚いたように侯爵を見返した。


「あ、しまった。こっちの事情を把握してなかった。すみません。一つ質問なのですが、この世界に黄金色の金属って金以外にありますか?」


 すると侯爵は、またこの娘は変なことを言いだしたぞという、胡乱な目をヒスイに向けた後、


「無論、黄金に輝く金属は『金』以外ありえない。地母竜ゼルガイアが我ら人類に与えてくださった、大変徳が高くて稀少なものだ」


 と教えてやった。それを聞いて、ヒスイはあからさまにホッとする。


「よかった。そのあたりの事情は一緒なんですね。じゃあやっぱり、この指輪は黄金製です!」


「いやだから! なぜ重さを測っただけで金だとわかるんだ。もっとこう…… 特別な検査が必要ではないのか?」


 慌てる侯爵を見て、ヒスイは朗らかに笑った。


「その理由は侯爵様が先ほどおっしゃったじゃないですか。なぜ重さを測っただけでわかるのか。それは、金が特別な金属だからです」



 金。それは金属の中でもかなりの重量を誇る鉱石である。


 指環の素材となる貴金属は、銅・銀・金・プラチナと様々だが、その中で金はプラチナに次いで重量がある。

 ヒスイの元いた世界の基準でいくと、プラチナは世の全ての金属中で3番目、金は7番目の重量を誇ることからその程が伺いしれよう。



「今回、この指輪の重さを測定したところ、およそ8gでした。ここには石の重量も含まれますので、石が紅玉ルビーだとすると5ct、gグラムに換算するとおよそ1g。これを引くと、約7gが指輪の重量となります」


 そしてこの指輪のサイズは女性向けとあってか11号と小ぶり。リング幅も標準。それなのに7gもあるのは、


「指環としてはかなり重いです。そのため材質が金であると、そう思ったのです」


 ヒスイは職業柄、宝飾品の素材に使われる金属のおおよその比重を暗記している。なので指輪のサイズと重さが分かれば、使われている素材が何か判別できるのである。



「なるほど。専門的知識と経験の為せる技、ということか」


 侯爵は唸った。この鑑定士に対する信頼度が少しばかり上がる。


「と言っても比重まで測らないと断定できないのですが、今、比重検査ができる道具がなくて…… 代わりに試金石検査をやってもいいですか?」


 重さを測ったことで大体の予測をつけることができたものの、実はこれだけでは完全に金だと確定できない。


「重さの近い金属で作った『金メッキ』である可能性があります。そのため、メッキかどうかを調べる検査もやりたいのですが……」


 なぜかモジモジと上目遣いでみてくる鑑定士に一抹の不安を覚えつつ、


「いいだろう、やってみたまえ」


 好奇心が勝って侯爵は鷹揚に頷いた。



「ありがとうございます! それでは言質頂きましたので、試金石検査もやらせていただきます」


 次にヒスイが道具箱から取り出したのは、コースターのような薄い黒い石だ。

 表面が僅かにザラついており、目の細かいヤスリを彷彿とさせる。


 それを一体何に使うのかと、ワクワクしながら見守っていると、


「えい!」


 なんと、ヒスイは手に持った指輪を石に擦りつけた。

 ジャッ、という耳障りな音と共に、黒い石の表面に条痕(指輪の表面が削れてついた金の付着跡)が残る。


「ちょっ!!」


 狼狽する侯爵を余所に、ヒスイは机の上に置いてある小瓶を手に取った。そしてぽたりと条痕の上に滴を垂らす。

 すると黒い石の上に、まるで黄金の天の河のような、美しい煌めきを放つ金砂が現れた。

 それを見てヒスイは満足そうに頷いた。


「わー、キラキラ綺麗! やっぱり何度見ても飽きないなぁ、金の条痕!」


「コラ! 大事な指輪に何やってる!!」


 侯爵は気色ばんでヒスイから指輪を取りあげた。慌てて確認すると、やはりリング部分が擦れてうっすら傷になってしまっている。


「なんてことを! これが本当に王の指環だったらどうするつもりだ! 世界の至宝だぞ!?」


 しかし眼前のおとぼけ鑑定士は、それがなにかという顔でキョトンとした。


「それぐらい大丈夫ですよ、クロスで磨けば! そんなことよりも侯爵様。これでひとつ重大なことが判明しましたよ」



 試金石検査でわかることは、リングがメッキであるかどうか。


メッキとは真鍮などの金属に金箔を圧着して作る、いわば金の紛い物。メッキだった場合、試金石にこすりつけた際に現れる金砂の条痕は薄くなる。

 対して今回の指輪で現れた条痕は、非常にはっきりとした金砂が見て取れる――


「つまりこの指輪は本物の黄金製でした。これで『王の指環』の条件を既に半分クリアしたということになります」


 あとはこの石が紅玉ルビーか確認できれば、少なくとも伝承にある「王の指環」と全く同じデザイン、かつ同質の物であると証明できる。

 そして最も重要な「王の指環」かどうか、その鑑定については――


「ふふっ! 石の鑑定が楽しみですね!」 


 なんてことを堂々と言ってのけながら、鑑定士は揚々と笑うのだった。



 ※※※



 ヒスイの鑑定屋、その黒天幕の外で――


 普段、誰も訪れることのない暗くて埃っぽい店の裏口。

 その薄暗がりに紛れるように、蠢く人影が一つ。気配を押し殺して、天幕の中の会話を盗み聞いていた。


「王の…… 指環……」


 薄く開かれた唇から、吐く息と共に掠れた音が漏れる。その声にはおよそ感情と呼べるようなものは乗っていない。


 だがしかし、その顔は。


 口を端を裂けんばかりに引き上げた歪み切った笑み。

 凄惨な本性を晒した女の白い顔が。

 深い闇の中にぼんやりと浮かんでいた――



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