第10夜 鑑定士ヒスイは自分を買い戻したい

「どうだろうか、鑑定士殿。この指輪は『王の指環』かね?」


「うーーん……」


 デザインは確かに酷似している。だが贋作というものは、実物と見分けがつかないよう極めて精緻に作るのが基本。

 よって現段階ではこの指輪が本物であると証拠付けるものは何もない。



「そもそも『王の指環』ってどういうものなんですか? なにか特徴づけるような要素、例えば、炎の中に入れても燃えないとか、宙に浮くとか、喋れるとか。それだと判断できるようなものはないんでしょうか?」


 すると侯爵はあからさまな溜息をつく。


「それがないから、鑑定士を頼っているのだ。まあ、勉学の苦手そうな鑑定士殿に一つ教えられることがあるとすれば、『王の戴冠』の話か」


 王の戴冠。

 それは即ち、王の指環を見つけた者が誠に王であると証を立て、王の尊号を賜る即位の儀式である。



「戴冠式は、指輪の所有者と、地母竜ゼルガイアの代理人である『法皇』との間で執り行われる。その際、法皇によって、この者が誠に王の指環に認められし者か、そして携える指輪が誠に『王の指環』であるかを見定めるのだ」


 そうして法皇によって双方共に真であると認められた時、始めてこの世に新たな王が誕生するのである。


「え、じゃあ、その法皇様に鑑定して貰ったらいいのでは?」


 すると侯爵は首を横に振った。


「無理だ。法皇猊下は病に臥せっておられて、もう何年も公にその御姿を現しておられない。この指輪が誠に『王の指環』であると明かせない限り、拝謁賜ることはできないそうだ」


「ええ!? そんな無茶な! その話だと、確実に『王の指環』の真贋を見抜くことができるのは法皇様だけってことですよね? それなのに指輪が本物か調べてから持ってこいなんて矛盾してません?」


「そんなことは分かっている! だから探しているのだ! 『王の指環』の真贋を見抜けるほどの『竜眼』を持つ、卓越した鑑定士を!」



 なるほど、そういうことかと、ヒスイはこうべを垂れた。

 この国の大貴族であるオルキデア侯爵が、藁をもすがる気持ちで娼館なんぞに鑑定を依頼にしに来る理由。

 そして同時に、この世界の歪なあり方が浮き彫りになった瞬間でもあった。


 ぜルガイア大陸では「王の指環」を手にした者しか玉座につくことができない。

 しかし現在、「王の指環」を見定め、戴冠を執り行うべき法皇が病に臥せり、その役目を全うできないでいる。


 だからこの大陸では、長きに渡って玉座が空のままなのだ。王を選ぶシステムそのものが機能不全を起こしている――



「せめて法皇を交代させたらいいのに。どうして役務を全うできない法皇を立て続けてるんだろう。それじゃあまるで――」


「ともかく」


 ヒスイの思案は侯爵の咳払いによって中断した。侯爵は恐ろしく真剣な面持ちでヒスイの顔を覗き込んでいる。


「王の指環の見分け方は正誤定かでないものを含めれば様々ある。神託が降りてきたとか、指輪が語りかけてきたとか、六条の星が体に浮かび上がったとかな。だが、どれも確たる理由に欠ける。それも併せて鑑定して欲しい」


「そんな無茶な!」


 なんか思ってた鑑定と違う!

 ヒスイは頭を抱えた。


 折角舞いこんで来たビッグチャンス。絶対逃すものかと意気込んていたのに、これではあんまりである。

 娼婦として男を取る気がないヒスイにとって、鑑定で稼がないと本当に後がないというのに――



「なんとかお金を稼いで、娼館から自分を買い戻さないといけないのに、これじゃあ自由を得るどころか、日々生きていくことも出来ないよ……!」


 ヒスイがこの娼館にいる理由。それは川で溺れて死にそうになっていたところを助けてくれた男がこの店の総支配人であり。そして助けた礼に、を請求されているからである。

 そしてこの謝礼金を全額納めるまで、ヒスイはこの店で従業員として働かなければならない契約を結ばされている。


 だからこそ、この鑑定依頼はなんとしても成功させたい。

 自由を取り戻すために。そして彼女が本当にやりたい「夢」のためにも。

 

 というか成功させないと度重なる上納金未払いで、きっと明日にでも、奴隷市場にドナドナされてしまうだろう。



「なんという理不尽。それもこれも店長が私をクビにするから……! いやその前に私の呪われた体質が…… ああもう、どうでもいいからお金欲しい! いいなぁ、この人、お金持ちそうで!」


 ヒスイはヤケになって本の中でご満悦に微笑む貴婦人をデコピンした。

 金髪の麗しい女性は豪奢なドレスを身に纏い、全身をアクセサリーで着飾っている。ザ・大金持ちという風体にギリギリと歯噛みしていると、


「あれ?」


 ふと、とあることに気がついた。


 そうして急いで図録をめくる。次のページも、そして次も、肖像画に描かれた貴婦人は全身をアクセサリーで飾り立て、そのいずれにも美しい赤い石が嵌っている——



「侯爵様。ひとつお伺いしたいのですが、レディさんは紅玉ルビーがお好きだったんですか?」


 すると侯爵は僅かに目を見開いた。


「おや、鑑定士殿にも知っている知識があったとは。その通りだ。レディ・リリィシアは自分と同じ目の色をした紅玉ルビーを愛していた。彼女が身に着けている装飾品は全て一級品の紅玉ルビーだったという話だ。無論、王の指環の赤い石もな」


「やっぱり……」


 ヒスイは何かに納得するように頷くと、手元の赤い指輪を見た。図録と全く同じデザインの葡萄酒のような赤い石がはまった美しい指輪を。

 そうしてしばらく様々な角度から指輪を確認した後、ゆっくりとその顔をあげた。


 そこにはもう、侯爵と出会った時のようなオドオドした空気は微塵もない。凛と研ぎ澄まされた深い翠緑の瞳が、強い意思を伴って瞬く。



「侯爵様。私にはこれが『王の指環』であることを調べることはできません。しかし、ことは鑑定できるかもしれません。どうかこの鑑定、私に任せていただけないでしょうか」



 ヒスイの下に持ち込まれた伝説の「王の指環」。

 その真贋を見極める鑑定士としての戦いが、いよいよ始まる――



【おまけ】上納金とは

従業員しょうふたちは、全員夜想亭に住み込みで働いています。

その際にかかる、食費、家賃、雑費などの生活費を毎月一定額、店に納めなければなりません。これを上納金と呼んでいます。


なお制服は貸与されますが、私服や化粧品、日常生活に必要な雑貨類は自分で賄わなければなりません。ちなみに夜想亭では夕飯がでませんので、夕飯代も別途かかります(店から支給されるのは朝食のみ)。


つまり働いて得た給与のうち、手元に残るのは、毎月の上納金と生活雑費を払った差額ということになります。その上ヒスイは「謝礼金」も納めなければならないため、とんでもない額を稼がなければなりません。



☆次回はガチ鑑定回です!

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