第9夜 王の指環と地母竜ゼルガイア

「王の…… 指環……!?」


 ヒスイはビロードのクッションの上に鎮座した、美しい黄金の指輪を凝視した。


 まるで貴婦人のような気品と気高さをまとうその指輪は、何を語るでもなく、天幕内を照らすランプの光に照らされて、ただ厳かな輝きを放ち続ける。


「王の指環、というのはあの『見つけた人が王になれる』という、伝説の秘宝のことであっているでしょうか?」


「ああ、そうだ」



 王の指環。

 それはこのゼルガイア大陸に住まう者であれば必ず知っている伝説の、そして実在する魔法の指輪のことである。



「当然、鑑定士殿であれば知っているかと思うが、念のためこの大陸の神話についてさらっておこう」


 王の指環、その伝来を説明するには、この世界の成り立ちから語らなくてはならない。



 ※※※


 遙かな遠い昔、創世の時代。


 空と海ばかりの果て無き絶蒼の地に、ある夜、大量の「隕石」が降り注いだ。

 僅かな大地で細々と暮らしていたこの地に生きる者——人間たちは、空から落ちてきた星々を調査するために、勇敢なる10人の戦士を送り出す。


 広大な海を渡り、ようやくたどり着いた大海に浮かぶ隕石。その正体を知って戦士たちは言葉を失う。


 それは竜の亡骸だった。


 あまりにも巨大な、小惑星ほどの大きさを誇る巨躯の翼竜。

 蒼穹の彼方に極稀ごくまれに姿を見せるだけであった神竜の群れがことごとく地に堕ち、昏き大海のあちらこちらに、その骸を無残に晒していたのだった。


 そのうちの一柱。翠緑の竜が、僅かに残った意識を振り絞り、戦士たちに「意思」を伝えてきた。



 ―—人の子らよ。命の紡ぎ手よ。我が骸に降り立ち、国を興せ。汝らの永遠なる営み、その礎たらんことが、我らの最期の願い



 そうして翠緑の竜は最期の命の灯火から、光り輝く円環——指輪を作り出した。



 ―—人の子らよ。ことわりは移ろい、我らが一族は黄昏に沈む。絶蒼の地に新たな星が昇る時がきた。汝らこそが、この地の王たれ



 戦士たちの前に差し出された光の指輪。

 手を差し伸べれば、光の指輪はするりとその指に収まり、黄金に輝くの魔法の指輪となる。


 それを見届けた翠緑の竜は、一度だけ、天に向かって咆哮をあげた後。

 緩やかに崩れ落ち、物言わぬ骸と成り果てた。



 黄金の指輪。そしての竜の意思を引き継いだ戦士たちは、遺言に従って竜の骸に降り立った。そうして、指輪の力でその地を生命の大地に変えていく。


 緑鋼の鱗は緑萌ゆる草原に。

 空を掴む比翼は峻厳なる尾根に。

 胎内深く流れる血流は命育む地下水脈に。


 神羅万象。数多の命をその地に芽吹かせ、生命の円環を築いた。


 こうして骸の大陸を、叡智と勇気でもって切り拓いた彼らは、後に10の王国を興す。


 戴冠戦争によって、全ての王国が「一なる王」に降るまで。

 盤石な治世の下、敬虔な民草を率いて不滅の栄華を享受したという――


 ※※※


「これがゼルガイア大陸と王の指環にまつわる伝承だ」


 侯爵の語りを聞いてヒスイは思わず拍手を送る。


「すごい、かっこいいです! まるでファンタジー小説の中の話みたい」


「……うん?」


 侯爵はその反応を見て、目を細めた。この伝承は、親から子。子から、またその子へ。先祖代々寝物語として語り継がれるような、あまりにも有名な神話。

 それなのに目の前の娘は、まるで今、知ったかのような反応である――


 ということを考えているに違いない侯爵の表情を見て、ヒスイは慌てて取り繕った。


「って、聞くたびに思うんですよねー! 私も養父から散々聞いたなー! 竜の指輪の力で不動産転がして大金持ちになったって話! あはははは! あは?」


「…………」


 ヒスイの態度に多大なる不安を感じるが、恐らくこの娘は元々変人こうなのだろう。胃が痛くなるので侯爵は考えないことにした。



「まあいい、本題に入ろう。とにかく、今日持ってきたこの指輪は伝承にある翠緑の竜『地母竜じぼりゅうゼルガイア』から授かった『王の指環』である可能性がある、ということだ。これを見て欲しい」


 そうして次に侯爵が取り出したのは、本だった。


 かなり大振りのため、本というよりは図録に近い。本の装丁は革張りに金箔押しで高級感が溢れ、中を開いてみれば、鮮やかに着彩された見事な絵画が飾り文字と共にいくつも掲載されている。なんとも価値の高そうな彩色写本だ。



「これは我が家が所蔵している『レディ・リリィシア』の半生を記した図録だ。ちなみに…… 『レディ・リリィシア』のことは知っているかね?」


「……にっこり」


 ヒスイは無言のまま、にこりと微笑んだ。その顔には「知りまてん」とデカデカ書かれている。

 侯爵は溜息をつきながら、いっそ清々しいほどの無知を見せつけてくる鑑定士殿に懇切丁寧に説明してやる。


「『レディ・リリィシア』はこの国、ラクリア旧公国を興した初代の王だ。そして地母神ぜルガイアより『王の指環』を賜った、始まりの10の戦士の一人でもある。つまり私が持ってきたこの指輪は、『レディ・リリィシアの王の指環』ではないかと、そう考えているのだ」



 ことの始まりはこうだ。

 ある日のこと。オルキデア侯爵家の家人が屋敷の宝物庫の整理をしたところ、宝飾品を飾ってある棚。その隠し引き戸の中に眠っていた黄金の指輪を発見。


 調べてみたところ、宝物庫の目録にそれらしい記述がなく、この黄金の指輪がなにか、どんな由来を持つのか分からなかった。



「そんな中、我が家の執事長がこう言い出したんだ。この黄金の指輪が、肖像画に描かれる『レディ・リリィシア』が身に着けているものとそっくりだと」


 侯爵はそう言うと、図録をめくってとあるページを開いた。

 そこには金髪に赤い目をした美しい女性が描かれており、華やかな笑みを浮かべてこちらを見上げている。


「この肖像画のタイトルは『レディ・リリィシアと王の指環』。それを踏まえて、ここをよく見て欲しい」


 侯爵は肖像画の女性。その左手親指に嵌っている指輪を指した。

 そこには赤い石の、そして百合の紋章が施された美しい金細工の指輪が輝いている――


「そして隠し戸の中から見つかった指輪がこれだ。図録と見比べてくれ。どう思う?」


 ヒスイは目の前にある現物の指輪と図録の指輪を交互に見た。


 美しい赤い石。カットはオーバルファセット。

 黄金のリングにそのショルダーに施された繊細な百合の紋章。そのデザインは図録のものとよく似ており…… いや、似ているどころではない。


 酷似。見比べれば見比べるほど、その違いを見分けることが困難なほど、目の前の指輪と、肖像画の「王の指環」。この二つは極めて似通っていた。



「なるほど」


 ヒスイは頷いた。確かにこれほどデザインが似ていれば王の指環ではないかと思うのは当然。そしてそれが真実であるか。プロに頼りたいと思うのもまた必然である。



「どうだろうか、鑑定士殿。この指輪は『王の指環』かね?」



☆侯爵からファーストクエスチョン! ヒスイの回答は――?

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