第4夜 プロがお客様の誘い方を教えます➁
夜想亭は一階が酒場、二階と三階が宿屋となっており、一階で食事をした後、そのまま一晩泊まっていくことができるようになっている。
そして、宿泊頂いたお客様に提供している、店の従業員による特別サービス。これこそが、この店が娼館たる理由。
すなわち、従業員の娘たちと一夜の恋人になることができるのである。
特別サービスの利用方法はこうだ。
まず一階の客席に座り、料理か飲み物、最低でも一品注文する。
そしてホールで働く娘たちの中で気に入った子がいれば、特別サービスが利用できるか聞く。
その際、娘からサービスにかかる金額を提示される。(提示される金額は娘によってまちまちである)
その額で問題なければ交渉成立。そのまま階上に上がって、美しい娘たちと特別な一夜を過ごすことができるのだ。
なお提示された金額に納得いかなければ、値切り交渉もできるが、大抵の場合、上手くいかないことが多い。
なぜならば、ここは大陸随一の人気娼館。
娘たちとの一夜を求める客はごまんといるため、自身の価値を下げてまでその客に執着する理由がない。
とはいえ、彼女たちが提示する金額は、往々にして高額だ。手持ち金が足りない、なんてことはしょっちゅうある。その際、客が気に入った娘に一方的に迫ることがあるが、この店ではそれはご法度。
少しでも強引に進めようとすれば、すぐに強面の用心棒がすっ飛んできて、お客様に丁寧にご説明した上で、店からご退場いただくことになる――
なお、これは客から娘たちに声をかける場合の話であり、これが逆だと話は少々違ってくる。
ホールで働く娘たちから一夜の誘いを受けた場合、それは彼女たちの方が、その客との関係を強く求めている証である。そのため、金額交渉に応じてくれる可能性が上がる。
交渉次第によっては、より濃厚なサービスを追加してくれるかもしれない――
さて、そんなわけで、今月の
客探しのポイントは3点。
相手が常識を備えた紳士であるか。
清潔であるか。
そして金払いが良さそうか、である。
娘たちはみな生活のためにこの仕事をやっている。娼館で働く理由は娘たちによって様々だが、共通して言えることは、みな大金を必要としていることだ。
客を取るなら可能な限り優しく扱ってくれる男の方が良いし、一夜限りではなくリピート―—太客を作って安定した収入に繋げたい。
だからこそ、客選びは非常に重要なのだ。
顔の好みや美醜などは正直、二の次である。
シトリはフロアで食事のオーダーを取りつつも、注意深く客を観察し、そうしてようやくお眼鏡に叶う男を見つけた。
30歳手前くらいだろうか。
一人で客席に座るその男は異国の服を纏い、落ち着かないのかキョロキョロと周囲を眺めている。
そして何より、男の身に着けている衣服の仕立ての良さ。
決して派手なものではないが、羽織っているケープは高級素材の
服、靴、小物。いずれも選りすぐられた一級品であることから、男は腕の良い商人に違いない。
「良物件みーっけ☆ 今日の一人目はあの男に決めた!」
シトリはニンマリと笑うと、厨房のカウンターに置かれた料理——男が注文したもの―—を手に取った。
そうしてとびきりの笑顔を作りながら、
「お待たせしましたぁ! 白身魚の香草焼きに、七ツ海タコのパエリア、ラグー豚の炭火ステーキです」
と、男——ファジルに近づいたという訳である。
※※※
―—しかし、この男。なかなか落ちないんだけど
シトリはさりげなくファジルの方を盗み見た。
言葉に態度に、かなりわかりやすく「意思」を伝えていると思うのだが、男は静かにこちらを見上げるばかりで反応がない(若干息が荒い気もするが。
シトリの見立てでは、この男は西方諸島出身の裕福な商家のお坊ちゃま。
実家を継ぐために、大店の店主である父に修行に出されてこの国にやってきた。
ついでに嫁も連れて帰って来いと言われているかもしれない。
商人の一番の商売道具は目。「モノ」の価値を見定める目利きにあり、人だろうが物だろうが、常に様々なものを値踏みしている。
そしてそれは女性関係にもあてはまる。つまり、良い商人は女性の理想が高いのである。
そのせいでなかなか彼女を作ることができず、結果、生まれるのは、実家が金持ちで教養ある女性に免疫のないカモ。
……失礼。純朴な青年、という訳である。(※シトリの妄想です)
―—だからこそ、ちょっと誘惑すれば、すぐに落ちると思ったのに。
それなのにポーカーフェイスを決める眼前の男はまるで、
「お前程度の女なぞ、西方には腐るほどいたし、確かに俺は彼女こそいないが、金に物を言わせて女を抱きまくってきた故、この程度の顔面にはなびかぬ。出直してこい、この貧乳めが!」
そう言っているようではないか。(※全てシトリの妄想です)
「ぐぅぅぅ……! 言わせておけばぁぁぁ……!!」
シトリは男から顔を背けて、ギリギリと歯噛みした。生来の負けず嫌いがむくむくと鎌首をもたげる。
「よーし、わかった。そこまで言うんなら、こっちももう引けないね。なんとしてもこの男をベッドに引きずり込んでやっかんな!」
さてどうやってコイツを落とそうかと頭を悩ませていると、ふと、視線の先でヒスイと目があった。
彼女は随分と熱心にシトリのことを見つめている――
―—そう言えば、アメジアからヒスイの手本になってやれって言われてたっけ
ヒスイはもう二か月もこの店にいるのに、要領が悪いのか、まだ一度も客を取れたことがない。この状況が続けば、彼女はきっとこの店からより低劣な下級娼館へと売り飛ばされてしまうだろう。
下級娼館での娘たちの扱いは、高級娼館とは天と地ほどの差があり、中には人間扱いされない店まであるという。
夜想亭で働く娘たちは客を取り合うライバル関係にあるが、同時に助け合い、支え合う大切な仲間でもある。
共に働いた期間が僅かとはいえ、ヒスイはシトリを「めちゃ仕事できるエロくて可愛いパネェ先輩」だと強く慕っている。
そんな可愛い妹分が地獄に落ちる様は見たくないし、できることなら助けてやりたい――
―—よっしゃ、ほんじゃあこのデキる先輩が、新人に客の取り方ってもんを教えてやっよ!
シトリは「任せな!」と頷くと、ヒスイに向かってウィンクする。
すると新人はハッとした顔をして息を呑み、何やら伝えたいことがあるのかボディランゲージを見せて来た。どうも具体的に学びたい技があるらしい。
「なになに、いいよ。なんでも言ってみなさいよ。このデキる先輩であるあーしが、直々、に……」
自身満々に胸を張ったシトリだったが、ヒスイのジェスチャーを見てピシりと凍った。
なんと、ヒスイは口をかぱりと開けて舌を出し、人差し指でツンツンと舌をつついている。
それが意味することは、ただひとつ。
「ちゅ、ちゅーを見せて欲しい、とな……!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。