第6夜 娼婦連続殺人事件

※この回には殺人事件にまつわる残酷描写が含まれます

お食事中の方は閲覧にご注意ください



 高級娼館「夜想亭」にて―—

 時刻は暮れの五刻(およそ20:00頃)。



「へえ、ニイさんは西方諸島から来たのか」


 あの後、ファジルは隣の席の色男と、なし崩し的に相席となり酒を交わしていた。

 色男は名をフォーゲルと名乗り、異国の地から来たファジルの話を興味深そうに聞いている。


「ええ。おれは宝飾商なんですが、大陸一の商業国であるこの国で店を持つのが夢で。ようやく資金が溜まったので、こちらに越して来たんです。ところでフォーゲルさんはこの国の方ですか? ご職業は?」


 つい、職業病で相手のことを根ほり葉ほり聞いてしまう。

 相手の身分によっては無礼ともとられる質問だが、フォーゲルは全く気にすることなく、快活に笑った。


「ああそうだ。稼ぎのほとんどをこの店に注ぎ込んでる、しがないオッサンだよ。仕事は、そうだな。この国の麗しき女性たちに愛を捧げて回ること、とでも言っておこうか」


「へ、へぇ」


 なんとも好色極まる台詞である。


 フォーゲルはファジルの反応を楽しむようにニヤリと笑うと、蒸留酒ウィスキーがれたグラスを傾けた。

 それに合わせて大胆に開いた胸元から覗く銀鎖が揺れる。鎖には鷲だろうか。翼を広げた鳥が彫刻された銀の指輪がぶら下がり、ギラリと硬質な光を放つ。



「まあ俺のことはいい。それよりも、ニイさん。折角、夢を叶えにお越し頂いたところ恐縮なんだが、今この国ではキナ臭ぇ事件が起きててな。ちっとばかり時期が悪かったかもしれんぜ」


「キナ臭い事件……?」


 ファジルはつい先ほど、耳にしたばかりの「噂話」を思い出した。

 確か最近、この辺りで殺人事件が起こっているという話だったか。

 外国から来たばかりのファジルの目には、この国の首都は治安が行き届いた安全な街のように思える。にわかには信じがたいが――


 ファジルは怪訝な顔をして黙りこんだが、フォーゲルは気にする素振りもなく、軽い世間話でもするように事件のあらましを語り始めた。



「実はここ最近、この歓楽街で何人も住民が殺されてる。犯人はまだ捕まってねえ。というか目星すらついてねえ。解決の糸口が見えない恐怖の連続殺人事件だ」



 歓楽街の連続猟奇殺人事件。

 それはここ、ラクリア旧公国の歓楽街で起こっている、未解決の殺人事件である。


 事件の始まりはおよそ2カ月ほど前。

 歓楽街の目抜き通りで一人の女性の遺体が発見されたことから始まった。


 女性の死因は心臓麻痺。

 それだけ見れば事件性がないように思えるが、その遺体に残された「痕跡」には明らかな殺意と狂気が滲みでており、官警府は殺人事件として調査を開始。


 以降、数日おきに同様の遺体が発見されるようになり、同一犯による犯行とみられるも、犯人の手がかりを掴むことができず、今日に至るまで既に8名もの被害者を出してしまっている。



「この事件の特徴は大きく3つある」


 ひとつは、被害者の体から金目の物が奪い去られているということ。

 もうひとつは、被害者が全員、娼婦であるということ。


 そして最後のひとつ。これこそがこの事件が「猟奇」と呼ばれている理由。それは――



「指が、ねえんだよ。殺された娼婦たちは1人残らず、全ての指を切り落とされてる」



 十指の欠損。全ての遺体に共通するあまりにも残虐な「痕跡」。

 死因が外傷でないにも関わらず、官警がこれを殺人事件だと断定している理由である。


「う……」


 ファジルは手に持った骨付きのスペアリブを見て、口元を押さえた。

 どう考えても食事中にする話ではない。

 事件の生々しく凄惨な現場が想起され、食欲がごっそり奪われるが、そんな様子を気に留める様子もなくフォーゲルは淡々と話を進めていく。



「娼婦たちの遺体が発見されるのは決まって明け方。大通りだったり、店の軒先だったり、場所は様々だが、必ず遺体は人目のつく場所に遺棄されている。まるで見つけてくれと言わんばかりにな」


 そうしてその体からは金品と共に、全ての指が持ち去られており、それらは今なお、一つとして見つかっていない。


「官警の懸命な調査の甲斐も虚しく、犯人の手がかりも動機も、何一つ掴めぬまま、既に被害者数は8名に到達。歓楽街の住人を恐怖のどん底に突き落としてるってワケだ」


 フォーゲルはそう話を締めくくった。

 気のせいか、その顔には疲労が浮かんでいるように思える。

 フォーゲルは椅子にぐったりともたれかかると、蒸留酒ウィスキーを一気に煽った。



「なあ、犯人はなんでそんなことをするんだと思う?」


「なんでって……」


 ファジルは顔をしかめた。頭のおかしい殺人鬼の考えなんてわかるはずがないし、考えれば考えるほど、飯がマズくなる。

 そもそもこの男は事件の内容に詳しすぎるし、こんな話をついさっき出会ったばかりの外国籍の男にする理由が謎だ。


 一体この男は何を考えているのか。

 フォーゲルの意図を探ろうとその顔を覗き込み――そうして気がついた。


 軽薄な笑みを浮かべる男の目が、全く笑っていないことに。


 フォーゲルの鈍金の瞳は猛禽類を思わせるがごとく、ファジルの目を射貫き返す。

 まるでこれから仕留めにかかる獲物を見定めるような、そんな目だ。


 ファジルは気圧されて、思わず身を引いた。背筋にヒヤリとした感触が伝う。



「あんた一体」

「わああああああああ!!」


 何者だと、発したはずの音は、しかし店内の突然のどよめきによって見事にかき消された。



「次から次になんなんだ、一体!」


 ファジルは驚いてどよめく店内を見渡した。

 客たちはみな一様に興奮した顔つきで店の奥——裏方バックヤードを見つめている。


 その視線の先を追うと、そこにはいつの間にか、1人の女性が立っていた。



 銀河を切り取ったかのような星々が煌めく黒のドレスに、濡れるような艶やかな黒髪ベルベットと黒目。そして眉目秀麗な顔の半分を黒いヴェールで覆っている。

 全身を「喪色」で染め上げたなんとも神秘的で、壮絶なまでに蠱惑的な女だ。



「マダム・ウィドウだ」



 フォーゲルは黒き美女を見やって、誰ともなく呟いた。

 その目にはもう、先ほどの獰猛さはない。


 マダムはこの「夜想亭」の支配人。

 その背後に、店の従業員たちをズラリと引き連れ、優雅にホールを横断する。

 コツコツと床を叩くヒールの音が、店の喧噪を掻き分けてファジルの耳に重厚に響く。


「あ」


 マダムが引きつれた従業員たちの列の中に、例の金髪の少女がいた。

 先ほどファジルに見せたふやけた粥のような表情は微塵もなく、今の彼女は凛と研ぎ澄まされた淑女そのもの。

 

 その美しさに目が奪われる。



「そうか、もうこんな時間か」


「一体なにが始まるんですか?」


 今や客席は先ほどまでの雑多な喧噪と違って、抑えきれないほどの興奮と熱気が渦巻いている。明らかに異様で異質な空気。


 するとフォーゲルが、「なんだ知らないで今日来たのか」と目を丸くした。



「今日は弓張月ゆみはりづきだからな。『ショー』があんだよ。一夜限りの特別な恋愛劇ロマンスがな」



 高級娼館、夜想亭。

 この店には国中から集まった選りすぐりの美女たちが集まっている。


 いずれも容姿端麗。教養や芸事、歌や踊りなど、優れた技能を持つ特別な淑女たち。

 しかし、この店にはそんな娘たちとは一線を画す3人の「美姫」が存在する。


 「美姫」は普段店に姿を現すことはなく、特別な夜にだけホールに降り立ち、求愛する男たちの中から、その腕に抱く資格ある者を選ぶのだ。


 その特別な夜こそ、今日。この弓張月ゆみはりづきの夜である。



「さあて、今日の姫さんは『茨姫』か。ここ最近、連続で求愛に失敗してるからな。久々に彼女の心を射止める男が現れるのか、それを楽しみに客が集まってやがんのさ」



 赤の茨姫。通称、「断頭台の悪役令嬢ピジョンブラッド」。

 大陸随一の名を馳せる夜想亭、そのNo.2がおよそ半月ぶりに、もうまもなく現世に姿を現す。




 さあ、いよいよ夜想亭の真骨頂。「弓張月の展示会」の幕が開ける――!



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