13-1

あお

第1話:冒頭チェック用


『未可ちゃん、現場まであとどのぐらいかしら?』

 インカムから焦る声が響いた。前方の車両に注意しながらカーナビをチラリと見る。

「あと二分もあれば。マリーさん、追加の情報はありますか?」

『特にないわ。さっき言った通りモニュメント竣工式の現場を襲ったのは《Dランク》とみられる集団数名。けど犯人の人数が増えているみたい』

「……増援でしょうか?」

『そうね。急いでちょうだい』

「ありがとうございます、マリーさん」

『よろしく頼むわね』

 通信が切れると私はハンドルをギュッと握りアクセルを踏み込んだ。助手席の新人がパトランプをルーフに設置したおかげで緊急車両となった車は、赤信号をいくつも通り超えて事件現場に向かっている。

「木之下さん、あなたも今日が初の任務だからしっかりね」

「へへ、ようやく暴れられるぜ」

 窓の外を眺めながら膝を組んでいる木之下さんは嬉々とした声で答えた。助手席のガラス越しに見える瞳は好戦的で爛々としている。

「遊びじゃないのよ。これは仕事なんだから」

「わかってますって、アドミン様。アタシみてーな《エクスキューター》も所詮はスラム出身。お国と《アリス》のために働けることに感謝してますって」

 木之下さんはわざとらしく、両掌を合わせて何かに祈る仕草を見せる。だけど到底そんな信心深さは感じられない。それは口調もそうだし独特の格好を見れば大抵の人は同じ感想を抱くと思う。

 木之下さんは肩にかからない程度の黒髪で、裏にピンクのメッシュが入っている。

 強調できるぐらいの大きな胸を覆っているのは、スポーツブラみたいな形状のピンク色の服で、その上から《スタビライザー》のジャケット制服を羽織っている。

 パンツも非常に丈の短いショートパンツで、股下は数センチ程度だろうか。私の刑事風なパンツスタイルとは真逆で、太ももが露わになっている。しかし左脚は、紐で繋がれたレッグカバーによって、膝より下は隠れていた。

 ナビが示す最後の信号を右折すると現場に到着した。車を降りて装備を身につけ少し走ると竣工式が行われている広場に付いた。

 あの時とは違って式典が行われている場所だけは綺麗に整地されている。だけどいつみてもこの異様な光景には慣れなかった。

 式典の場所はギリギリCランクが暮らすエリアだけあって、整備された公園と遊歩道が広がっている。……だけど側溝一つ挟んだ先のDランクエリア、通称スラムは道路のコンクリートはヒビだらけ。ゴミも散らかりカラスの群れが何かを探すように廃ビルの上からこちらを睨んでいる。

 アリスの生んだ歪みは否応なしにその現実を突き付けてくるのだ。

 私の脳裏に“あの日”のことが一瞬よぎるが今はそれどころではない。

 そこはあの日ほどではないがすでに抗争状態になっていた。作られたばかりのピースバラのモニュメントは粉々に砕かれ台座だけになっている。参列者は逃げまどい、パイプ椅子が至る所で折り重なり倒れていた。

 黒い服にサングラス、黒い帽子をかぶった男たちが数人、銃を持ち威嚇射撃を繰り返している。だけど中には銃弾に当たったのか血を流して倒れている人もいた。

 見た感じ重傷者や死者はいないようだ。

「アドミニストレーターよ! 全員武器を捨てて両手を上げなさい!」

 腰のホルダーから“ヴォーパルソード”を抜いて手元のボタンを押す。

 仰々しいネーミングの伸縮式警棒を最大まで伸ばし、その先端に電流を走らせる。

 男は、

「はっ! 今更アドミンが一人増えたからって何だって言うんだ」

 男の視線の先には同僚たちが倒れている。男は続ける。

「いくらお前らがAランクでも強さじゃ俺たちの方が上みてーだな」

 男は銃を向けてニヤリと笑う。

「もう一度警告するわ。銃を捨てて投降しなさい」

「おー、おっかねぇ。だったら捨てさせてみろよ――なっ!」

 男は銃を私に向ける。でも遅い。いや、正確にはあの構えじゃ当たらない。私はヴォーパルソードを構えたまま地面を蹴った。

「なんだと!?」

 十メートルあった距離を一瞬で詰められた男はサングラス越しでもわかるほどに慌てて銃を構え直す。だけど格闘の間合いに入ればこっちのものだ。ヴォーパルソードの出力を上げると男の手に思い切り振り下ろす。

「あぁああああああああっっっっ!!!」

 衝撃と電流で男は悲鳴を上げると地面に倒れた。

「この! やっちまえ!」

 他の黒ずくめの男たちもそれぞれが銃を構えたり、長物をもって襲い掛かってくる。

「木之下さん!」

「わかってるって。アンタばっかりにやらせちゃストレス発散が出来ねーからな!」

 視界の端に移る木之下さんはニヤリと笑う。そして右脚のはだけた太ももに巻いてあるソードホルダーからヴォーパルソードを抜くと、残りの男たちの中へと踊るように駆け出した。

「貴様! エクスキューターか?」

「だったらなんだってんだよ!」

 木之下さんは言いながら一振りして男を沈める。私も次々に犯人たちを倒しながら木之下さんの動きを見ているが、これが初任務とは思えなかった。マリーさんの言う通り『ちょっと乱暴者だけどいい新人よ』という言葉を聞いた時は、ちょっと怖かったし見た目も独特だけど頼りになりそうだ。

「こ、このぉぉおおお! お前だって俺たちと同じスラム出身だろ! 同胞に手を出すっていうのか!?」

「うるせーな。アタシはアタシでやることがあんだよ。おとなしくくたばってろ!」

 乱暴に振り回しているように見えるが、木之下さんのヴォーパルソードは的確に犯人たちを一撃で沈めていく。銃にも怯えず目を輝かせ戦っている様は、本当にストレス発散しているようだった。

 次々に向かってくる犯人たちを撃退し、その攻撃がいったん終わる。――これで全員倒したの?

 改めて周囲を警戒すると、モニュメントの台座から「助けて! おねーちゃん!」という声が聞こえた。

 振り向くとそこには男がもう一人。腕で小さい女の子を捕まえて、その子の首元にナイフを突きつけている」

 私はとっさにもう片方のホルダーから銃型デバイスの《ディシューター》を取り出し構えた。

「じゅ、銃を下ろせ! そ、そうしないとこのガキの命はないぞ!」

 距離は十数メートル。さっきより遠い。……この距離じゃ間合いを詰めている間にあの子が……。

 ディシューターのトリガーにかかる指はやっぱり震えていた。くっ……何度構えてもこれだけはどうしても。最後に撃ったのはもう半年も前だ。自信もないしそれに何より――。

 この場所でこの状況……ああ、私はやっぱり。

 パンッ!

 乾いた音が私を現実に引き戻した。

「あぁ……ぐっぁぁぁああああああああ! 脚がぁああああ! い、痛てぇええええええ!!」

 一瞬遅れて状況を理解した。

 さっきまで暴れまわっていた木之下さんが撃ったのだ。

 男の太ももに銃弾が直撃し血が出ている。男は痛みに女の子を離すとその場を転がった。

 私は女の子の元に駆け寄って「木之下さん保護!」と叫ぶと、再びヴォーパルソードを取り出し電気ショックを与える。

「……あがぁっ!」

 という声と共に男は気絶すると、私はそいつの脚を止血してインカムをオンラインにする。

「こちら坂本未可。十一時十五分、犯人を確保」

『ご苦労様。怪我はない?』

 すぐにマリーさんの声がした。

「はい。関係者含めて全員無事です。怪我人もいるので対応をお願いします」

『わかったわ。未可ちゃんたちはすぐに戻って詳細の報告ね。あとはこちらでやっておくわ』

「了解です。すぐに戻ります」

 インカムをオフラインにすると私は木之下さんをじっと睨む。

「おっかねー」

「戻って報告が終わったら話があるわ」

「もしかして初日でクビってやつか?」

「それは私が決めることじゃない。戻るわよ」

 戻って装備を後部座席に戻すと。ハンドルを握る。

 本部に戻るまでは私たちは一言も言葉を交わさなかった。

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13-1 あお @Thanatos_ao

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