第8話 可愛い泥棒

「失礼します、朝が来たので起きて下さい」


「んぁ...今何時だ?」


「午前6時です」


「6時っっ!?」


ユナタのおかげで早起き出来た俺達は美味しい朝食を食べながら、何者かにゲートを奪われたことをユナタに話した。


「なるほど。恐らくその者は盗賊ですね」


「盗賊?」


神界にもそんな物騒なやつがいるなんて、ちょっとがっかりだな。この世界の煌びやかな雰囲気とは裏腹にしっかりと犯罪があることを知り驚く。


「はい。ここ数週間、単独で貴重品などを奪う盗賊が話題になっているのです」


「単独だって?」


盗賊と聞くと複数人で群がって物を奪うものを想像していたが、どうやら俺のイメージとは少し違うらしい。


「いなり様のゲートを奪えるとしたら、恐らく盗賊の者も常識改変に似た能力を持っている可能性が高いです」


「ボクのゲート自体、常識改変で人間界と神界を無理矢理繋げて作ったものだからね。普通のやつが簡単に盗める物ではないよ」


普通ではないゲートだとは思っていたが、想像以上に特殊なようだ。...まずゲート自体が普通じゃねぇか。


「とりあえず俺達はそいつを追わないといけないよな。やつに近づかねぇと話が始まらない」


「追跡ですか、それであれば盗賊の者を追う手段はございます」


「ホントにっ!?」


いなりと俺はユナタの話を聞く。なんでも、街中の定点カメラに不正アクセスをすれば、盗賊の居場所が一目で分かるという。


「不正アクセスって...それ良いのか?」


「だいじょぶだよぉ。ナユタも地位が高いし、定点カメラのハッキングくらいなら権力で許して貰えるからねぇ」


いなりはゆうちょうに答えるが、言っていることが相当やばいので今回ばかりはいなりの可愛さがヤバさに負けそうだ。


「まぁそれなら話は早いな。今すぐにでも取り戻しに行こうぜ!」


そうして俺達は、定点カメラの情報、盗賊を見たなどの噂を頼りに盗賊を探し始めた。


「街の人が言ってた場所はここだな...」


辺りを見渡してみるが、人影が見当たらない。もう別の場所に行ったのかと思った矢先だった。


「にゃっ、にゃんであの人がここにっ!?」


「誰だ!」


振り返ると、猫耳の獣人がそこに立っていた。黒い髪に猫耳、黄色い目にニヤリと上がった口角。間違いない、目撃情報と一致してる。


「逃がさねぇぞ!」


俺が足を動かした瞬間黒猫は素早く逃げる。速い...速すぎる!いなりには及ばないが相当の速度で動いている。とてもじゃないが追いつけない。


俺は一人で来ていたのだが、それには理由がある。


「にゃっはは!そんなんじゃ追いつけないにゃんよ〜」


絶対に追いつくことのない俺の動きを見て油断させ...


「ご主人!そのまま追い込んで!」


「にゃっ!?」


先回りしてるユナタといなりに捕獲してもらう!


「にゃぁ〜ん!」


案外あっさりと捕まえることが出来たその黒猫の名前は黒夜というらしい。なんでも、どうしても人間界に行きたい理由があるらしく、いなりのゲートを奪ったらしい。


「ごめんなさい...これ、返すにゃ...」


黒夜は素直にゲートを返してくれた。今にも泣きそうな表情なので、つい許してしまいそうになる。


「じゃあ、ボクとユナタは買い物に行ってくるから、ご主人見張っててねぇ〜」


「俺ひとりでか!?」


「力なら負けないでしょっ、一緒にそこの小屋で待っててね。...逃げたら許さないから」


黒夜を睨んでから、いなりたちは本当に買い物に行ってしまった。


「...」


「...」


気まづい沈黙が流れる。話しかけようにも話題が見つからない...いや違う。話題とかじゃなくてまずこいつを反省させなくては!


「なんで盗みなんかしたんだ。他に人間界に行く手段は無かったのか?」


「にゃ、無いの...僕は常識改変出来ないから、盗む以外方法が無くて...」


「お前何度も人の物を盗んでるだろ、今までそうやって生きてきたのか?」


「うん...わ、悪いことだって分かってはいるにゃ...」


「そっか」


黒夜自身、結構素の性格は優しいんだろうな。今もずっと反省の色が見える。こいつに盗みの道を選ばせたやつが憎い。


「お、怒らないのかにゃ?」


「え、怒んねぇよ。盗まれたことは許せねぇけど、お前にも事情があるんだろうし」


「...優しすぎるにゃ」


黒夜は下を向いておもむろに話し始めた。


「君からは優しい匂いがするにゃ。不器用だけど、他に誰も持ってない確かな優しさがあるにゃ」


「なんでそんな事がわか」


思い出した。獣人は皆嗅覚が優れているが、その中でも特に嗅覚の鋭い獣人は、相手がどんな人か匂いで分かるそうだ。


「分かるにゃん」


俺はビクっとした。黒夜が後ろから抱きしめて来たのだ。...胸がデカイ!背中から伝わる感触がヤバい!!


「ごめんにゃ、ハグっていうものをした事が無くて、君ならさせてくれるかなって...」


「お前は優しいな。俺よりずっと」


「にゃ...?」


俺は黒夜の頭を優しく撫でた。


「辛い事があっても、全てを自分のせいにするなよ。じゃなきゃ、人生参っちまうぞ」


「にゃ...にゃぁああぁん...ひぐっ...」


黒夜は泣き始めた。今までの葛藤が込み上げて来たのだろう。俺はいくらでも泣かせてやった。こうして泣いても、今までの盗みの罪は消えないけど、今ぐらいは泣かせてやりたい。


「ご主人ただいま〜ってなんで泣いてるのそのこ!?」


「ゆうと様...拷問はほどほどにして下さいね」


「えっいやっ違っ!」


「ふにゃぁああぁん」


こうして無事にゲートを取り戻せたわけだが、なぜか俺への印象は、盗賊をいじめたいじめっこというものになってしまった。




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