第6話 誘う神界

いなりが不審者をぶっ飛ばしたあの日から、俺はずっともやもやしていた。いなりが育った神界、どんなところなのか凄く気になる。


「ご主人?神妙な顔してどうしたのぉ?」


顔をすりすりと擦り付けて来る。これをされると、可愛すぎて何もかもどうでもよくなって来るんだよな。


「いなり、神界っていうのはどんな所なんだ?」


「賑やかな場所だよ!暮らしてるのはみんな神様で、凄く発展してるのぉ。東京ぐらい発展してる和風な街?っていうイメージかな」


全く、気になることが山盛りだ。もちろんその街も気になるが、俺はいなりがあんな化け物じみた力を手に入れられる環境があることに対して1番興味がある。


「気になるなら行ってみる?神界」


「マジか!行きてぇ!」


行けるなら行きたいものだ。どんな場所かは大体分かったし、行かない理由はない。


「よし、じゃあ行こうかっ!」


そう言うといなりは時空を切り裂いてゲートらしき物を出した。


「うおぉ、急に出てくるじゃねぇか」


「善は急げ!さぁレッツゴー!」


いなりに背中を押されてゲートに飛び込む。その瞬間周りの景色が歪み、ゲートの中に吸い込まれていく。


「うああぁぁぁ!」


2人でしばらくゲートの中を進んでいくと、向こう側に光が広がっている。


「いでぇっ」


「よし着いたよ!...ってだいじょぶ!?」


思いっきり地面に顔から着地をしてすんげぇ痛い。どうやら神界に着いたらしい。


「これは、すげぇな...」


広がる景色を見て俺は息を飲む。巨大過ぎる黄色の雲の上に立つ大きな街。下を見ると紫の空が広がっており、ここが空の上だということを知った。


「マジすげぇ!人、あいやいや神様もいっぱいいるなぁ!」


「そうだよぉ、久しぶりの故郷だぁ!」


ついに来たんだ、いなりの故郷に!気になる場所が沢山ある。どこから行ったものか...


「あ、丁度良いや!風来鳥が来たよ」


風来鳥?振り向くとドデカイ鳥がこちらに向かって来ていた。


「うぉわあ!食われるっっ」


「だいじょぶだよぉご主人!このこはバスみたいな感じで、各地の観光名所に乗せて連れてってくれるんだよ。」


「そ、そだったのか」


なんとも便利なヤツだな。雲の上の集落は数え切れないほどあり、それらは地面が繋がっておらず、孤島のような形で浮いている。こういった移動手段がないと、まともに行き来も出来ないのだろう。


「じゃあ遠慮なく乗せてもらおうか」


「うん!落ちると死ぬから気をつけてねぇ〜」


落ちると!死ぬ!?急に乗りたく無くなってきた俺の手を引っ張り、いなりと一緒に風来鳥に乗り込む。乗り込むと風来鳥は物凄い速度で飛び始め、1番賑わっている集落へと進んでいく。


「これ速すぎだって、うゎ、わぁぁあああ!」


恐怖で叫んでしまう俺。我ながら恥ずかしく思うが、こればかりは仕方がない。だってクソはえぇんだもん!!しょうがねぇだろっっっ


しばらく飛んで1番賑わう集落に着いた。


「すげぇ盛んだなぁ、目が情報に追いつかねぇや」


いなりが言っていたとおりの和風な街並みだ。中華と和風を足して割ったようなデザインの背の高い建物が立ち並んでいる。道行く者を見る限り、確かに神様らしいヤツが多い。


「ここは楽遊市、人間界みたいに市ごとに分かれてるんだけど、この辺が1番賑やかだねぇ」


道を歩いていると刺激的な格好をしたメス獣人が声を掛けてくる。あんだけ凄い格好してたらこっちもつい興味を持ってしまいそうだ...


「お腹空いてない?楽遊市は美味しいものがいっぱいあるから、いつかご主人と食べ歩きしてみたかったんだぁ!」


「そりゃ良いな、丁度この街に充満してる美味そうな匂いに誘惑されてたとこだ!」


立ち並ぶ飯屋に片っ端から寄っては食べて、寄っては食べてを繰り返し、神様専用の派手な装飾品を見て、俺はすっかり神界の虜になっていた。


「ふぅ〜食べた食べたぁ♪美味しかったねご主人!」


「あぁ、でも悪いな、支払いを全部いなりに任せちまって...」


「いいよォ、どうせ人間界のお金はここでは使えないからね。それにボク、結構大金持ちだしぃ」


辺りはすっかり暗くなっていた。紫色の空が更に暗くなっていくのを、俺達はボーっと眺めていた。


「そろそろ帰ろうか、ご主人といるとあっという間に時間が過ぎちゃうよぉ」


いなりはまたゲートを出して帰ろうとしたときだった。


「もぉらい!」


「!?」


目にも止まらぬ速さで獣人が駆け抜けて行った。一体何が...


「待って、ゲートが奪われた!」


「はぁっ!?」


どうやらすれ違ったタイミングであの獣人がゲートを盗んだらし...いやゲートって盗めるもんなのか!?


「待てっ!」


いなりはすかさず追いかけようとしたが、ゲートを使って既に逃げてしまっていた。


「あいつ、なんて速いんだ...」


「どうしよう...これじゃ帰れないよ...」


いなりは自分がいけないのだとしっぽと耳を垂らしている。俺は必死に慰めながらも困惑していた。「もう人間界には戻れない」そう考えてしまうと甚だ恐ろしい。


俺達は、どうなってしまうのだろうか。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る