第5話 神様のお力

いなりと出会ってから数週間が経った。いなりが傍にいる生活にもすっかり慣れ、俺は日々癒しをもらっていた。


「平和だなー」


「平和だねぇ〜」


今日は休日、と言っても、フリーランスのイラストレーターである俺はいつも在宅勤務なので、いつも休みみたいなものなんだが...こうも暇だと体が溶けそうだ。


「そだ、買い物行こう」


「お買い物?ボクも行くぅっ!」


「お前は駄目だ」


「えぇっ!?」


2足で立って言葉を話す狐、そんな異質な存在を街に放った瞬間人々は混乱するだろう。


「お前は目立ち過ぎるから駄目だ、申し訳ないが外には出せない」


「あぁ〜!それなら心配ご無用っ」


いなりはそういうと指を1本立て、上に向けて掲げる。


「常識改変っ!」


キュピーーーーンッと聞いた事のない音が辺りに響き渡る。いったい何をしたんだ?


「これでだいじょぶ!さぁ買い物にレッツゴー!」


「お、おい待てって!」


いなりは俺の言う言葉を聞かずに玄関から外に出ていく。マズイ、街中には沢山の人がいる。誰か一人にでも見られたらいなりが危険だ!


「おぉい!待てって!」


いなりは何も気にせず商店街に入っていく。そして魚屋の前で立ち止まった。


「ん?」


しまった!!魚屋のおじちゃんに気づかれたっ。もうおしまいだ...いなりはマスコミに連れていかれて二度と帰ってこな


「おぉ、いなりじゃねぇか。今日も元気そうだな。」


「うん!今日のオススメはなぁに?」


...なん、だ...普通に話せてるのか...?いなりの存在に全く違和感を覚えていない感じ、何故だ?こんな変な狐がいたら普通ビビるだろ!


困惑しつつもいなりに合流する。


「あっご主人、今日はさんまが安いんだって!買ってよぉ」


「おぉ兄ちゃん、ちゃんといなりの世話出来てるか?」


「え"っ、あ、はい...」


なんなんだこの違和感、まるでいなりのことを前から知っていたみたいな話し方だ。


「毎度あり〜!」


「いなり、ちょっとこっち来い!」


さんまを買った俺はいなりを路地裏に連れていく。


「どういうことだ!なんで誰もいなりのことを不思議に思わないっ」


疑問しかない。元々頭がきれる方ではないが、賢いヤツだったって今の出来事は理解ができないだろう。


「ご主人も見てたでしょ?ボクのした常識改変」


「常識、改変...?」


そういえばさっき家で言ってたな。常識改変...なにか嫌な予感がする。


「ボクはこの世界の常識を改変した、ただそれだけのことだよ。「いなり」は人間の世界にいても普通ってことにしたんだよ」


「ま、マジかよ......」


驚きで言葉が出ない。常識改変...本当にそのままの意味だったなんて。これも神様の力なんだろうが、流石にここまで来ると怖いぞ。


「まぁ...じゃあいなりも普通に外を出歩けるってことだな?」


「そうだよっ!これでご主人と一緒に色んなところにいけるよぉ〜♪」


うきうきでしっぽを振っている。こんなに可愛いのにすることはエグいな。


「ただ、良いのか?その常識改変ってヤツ、そんなに簡単に使っても」


「まぁ権限はボクにあるから使い放題なんだけど、あんまりよくは無いかなぁ。使いすぎると世界の均衡を崩しかねないからね」


「やっぱヤベェよお前っ!こえぇよ!」


思わず俺は路地裏で大声をあげる。だってこんな経験今までなかったんだ、しょうがないことだろう。


「...」


いなりが無言で路地裏の奥の方を見つめる。


「なんだ、どうした?」


声を掛けても反応がなく、じっと奥を睨んでいる。すると、人が数人いることに気がついた。


「なんだ...あいつら何をしてんだ?」


数人が1人を囲んで何かをしている...待て、あいつが持ってるの。


「...ナイフだ...!」


突然恐怖で体が動かなくなる。俺たちはまさに人殺しの瞬間に立ち会ってしまった、いや、まだ殺されてはいないみたいだが...


「いなり、逃げよう。ゆっくり後ろに下がってそのあと走って...」


いなりはクラウチングスタートの型をとって、そして、消えた。


「!!?」


消えたと思われたいなりは人を襲っているやつらの前に現れる。


「いけないよお兄さん達、こんな昼間に殺人は目立つよ」


「!!...んだよてめぇっ!」


ナイフを持ったヤツが狂ったようにナイフを振るう。いなりが危ない!


「よっ」


いなりは余裕の表情でナイフを避ける。まるで当たる気がしない、なんだあの華麗な動きは。


「お兄さん、ナイフ持ってからそんなに経ってないね、使い方がまるでなってない。」


冷たく言い放ついなり。話しながらも男の攻撃を避けている。


「調子に乗るなよ毛玉野郎!」


男を取り巻いていた他のやつらもいなりを襲う。が、いなりは人数が増えても全く表情1つ変えず綺麗に攻撃を避けている。


「毛玉野郎は無いよね、ボクにはいなりって言う最高の名前があるんだからさ」


その瞬間、男たちは物凄い速度で吹き飛ばされた。壁にぶつかりみんな気を失ったみたいだ。


「ふぅ、ちょっとやりすぎちゃったかな。大丈夫お姉さん?」


「う、うん。ありがとう...」


何も見えなかった。終始いなりの動きは早すぎて、俺の目には何も見えなかった...


違う!そんなことより!


「大丈夫かいなりっ!」


「ご主人!見てたぁ?カッコよかったでしょボクぅ!」


いなりはいつもの笑顔で言う。俺は唖然と口を開けて固まっている。今さっき起きたことに対して理解が足りなさすぎる。


「頑張ったから撫でてぇ、ご主人〜!」


何も分からないままいなりの頭を撫でる。


「いなり、お前はなんなんだ...?」


「んぅ?」


思わず声が震える。今までただ可愛い狐だと思っていたいなりが、今は恐怖の対象になってしまっている。


「ご主人はそういうのに耐性無さそうだもんねぇ、ごめんね驚かせちゃって」


今度は逆にいなりが俺の頭を撫でる。いつも感じているいなりの毛の感触に少し冷静さを取り戻す。


「ボクね、結構戦う系の神様なんだよね。昔から修行を積んで、どんな相手でも倒せるようになったの。」


修行を積んだだけであの動きが出来るとは思えない。動きの素早さが生き物の範疇を軽く凌駕していた。


「修行を積んでそうなったのなら、相当の年月を修行に費やしたんじゃないのか?」


「うん、そうだよぉ」


これはあれか。アニメにありがちな「私1000年以上生きてます〜」パターンか?


「いなり、お前歳はいくつだ?」


「8歳だよ!」


いや幼なっっっっっ!!ガキもガキじゃねぇかよ!びっくりしたわ!!


「修行に費やしたのは1年ぐらいかなぁ、神界でみっちりしごかれたからねぇ」


いなりが育った場所神界、一体どんな場所なのか。いやそんな事より、いなりは何者なんだ?最近やっと理解が出来てきたつもりだったが、今日でまた一気に疑問が深まった気がした。


いなり、お前は、なんなんだ?

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