第1話

 「おらっ死ね!カス!クソっコラッ!」


 家に帰ると、小5の弟が狂ったようにゲームに夢中になっていた。最近の小学生って怖い。


 どこで覚えたのやら、汚い言葉遣いで画面の先の

ド◯キーコングをブンブンと殴っていた。


「もう、ナツキ。そんな汚い言葉使うなよ。心まで汚くなるぞ?」


俺がそう言っても、ナツキはこちらを見ようともしない。

挙句の果てには、


「うるせぇよ。心が汚い兄貴に言われたかねぇし。」

と、生意気なことを言ってきた。


ほうほう、いうようになったじゃないか小学5年生。

仕方ない、ここは兄の実力をお見舞いして差し上げようじゃないか。


「あ?来いよ、兄貴。今日こそ俺のコンボでぶっ殺してやる!!」


「☆SMASH☆」


 画面から流れる勝利の8ビット音楽もこれで10回目。どうだ、これに懲りたら計算ドリルでもやるんだな、弟よ。


 少し涙目になりながら唸る弟。流石にちょっとやりすぎたか…。


「ナツキ、悪かったな、兄ちゃん、ちょっと大人げなかったよな。あ、でも、ナツキのコンボ結構良かったぞ!次やられたら俺もわかんねーわ。」


俺は弟の頭をぽんぽんしながら宥めた。弟は小声で何かをグズグズと言っている。


「ほら、泣くな!次があるさ。」


「いや、ちがう、いや兄貴は…」


なんだ、言ってみなさい。計算ドリル教えてもいいんだぜ?(文系)



「…おまえ、いい兄貴ぶりたいだけじゃん」



バレてるーーーー!!見透かされてる!!!

くそっ、あまりにダサすぎるぞ俺…!


俺が言い返せなさそうな雰囲気を感じた弟は、さっきまでの涙が丸々嘘だったかのようにニヤニヤしている。


「図星?図星でしょ!はいバカー。」


く、くそ、このガキンチョ…高校生を舐めやがって…こうなったら俺も徹底抗戦だ。


「図星じゃないですー!はい残念ー。お前の方がバカー。」


「それってあなたの感想ですよね〜。なんかそういうデータとかあるんすか〜???」


「はいはい、出た出たひ◯ゆキッズおもんないです〜。」



 どこかで聞いた言葉がある。争いは同じレベルの者同士でしか発生しない、と。


 俺と弟はいつもこんな馬鹿な会話をしている。まぁ喧嘩するほど仲が良い、みたいなものだと思うけど。結局この日はお母さんの仲裁が入る夕飯時までこのしょうもない言い合いは続いていた。


 俺・石居いしいハルトと、石居いしいナツキはごく普通の家庭に暮らしている、ごく普通の兄弟である。父はサラリーマン、母はパート、両親共働きのため、弟の面倒は俺が見てきた。そのためだろうか、俺も、弟も大のゲーム好きである。


 余ったヨーロピアンでシュガーなアイスは格ゲーの勝敗で奪い合い、先に風呂に入るのもミニゲー厶で決めている。俺らにとってゲームはもはや生活に欠かせないものになっているのだ。


 そして今日はそんなゲームの中で今季俺が最も楽しみにしていた新作をついに開封する日なのである。もちろん、このことを弟が知らないはずがなかった。



「なぁ兄貴、あれ買ったんだろ。【Exstory.7】。」


「あぁ、エクストね?もちろん、昨日届いたよ。一緒にやるか?」


 【Exstory.】、通称・エクストとは、日本で一番の人気を誇る本格派RPGゲームだ。今回その新作である【Exstory.7】(エクスト7)では、本作初のオープンワールドを採用し、自由度の高いキャラエディタで冒険、探索、そして対戦ができるという。これを買うためにバイト代を貯めに貯め、友達の焼き肉の誘いを心を鬼にして断り続けたのだ。


お菓子よし、ジュースよし、クッションよし、空調よし、

「弟ッ!」俺がそういうとナツキは敬礼のポーズを取ってみせた。


「いざ、冒険の世界へッ!」


 まずキャラクリからだが、ここからもう凄い。キャラの顔や肌の色、身長、体重なんかは数え切れないほどの種類があって、それに加えて半端ないヘアスタイルがズラッと並んでいる。そしてステータス画面も、体力、知力、防御力、魔力、運など、オーソドックスものから統率力、経済力、コミュニケーション力などあまり他では見ないような数値までいじれるようだ。


「ではでは早速。」


 このゲームでは主人公と、主人公の相棒キャラクターをクリエイトできる。どちらがどちらを作るかは既に決めておいた。ちなみに、決めたのは俺の下B。


「主人公ってのは残念ながら、イケメン好青年じゃねえと締まらねえんだよな。」


 俺は、最初にブサイクとして出てきたキャラクターが95%の確率で途中で覚醒し、イケメンになってしまうものだと知っていた。残りの5%はブサイクといいながら元々全然ブサイクじゃない場合だ。


やはりかっこいい動きも、かっこいいセリフも、かっこいい装備も、かっこいいヤツによってかっこよさが倍になる。


「こんなもんでどうだ?モテるだろこれは。」


The正統派イケメンと言ったような感じに仕上げた。武器はもちろん剣。初期ジョブはもちろん戦士。ステータスは少し俊敏性に振ってスピードキャラにした。うん、自分で言うのも何だが上出来だ。


「逃げ足が早いだけじゃね?次俺の番。」


そう言ってナツキはコントローラーを乱暴に取り上げた。全くひどいぜ。


 まぁ小学生には正統派スピードキャラの良さが分からんのかもな。一周回るとなんかそういうのめちゃくちゃ好きになるんだよ。

ふふふ弟よ。まだまだだな。


「ちょっと俺トイレ行ってくるわ!」


それだけ言うならさぞ素晴らしいキャラクリをしてくれるんだろうな?


俺はそんな事を考えながら自宅のトイレに入った。


 そして、用を済ませてから紙がないことに気づいてしまった。


「はっ、嘘だろ予備ももうないのか、ちょっと〜母さん!すまん、助けとくれ〜」


返事がない。くそ、恥ずかしい。しかし、仕方ない、外部からの援助が必要だ。


「あーもうなんでこう…―」


ズダーーン!!


突然のトイレの壁に斜めの切れ込みが入り、真っ二つになった。えっ?お母さん救け方雑じゃない?


前を見るととんでもなく物騒な荒原が広がっていた。


なにこれ?どういう状況?何かのプロジェクションマッピング?なにゆえトイレに?

試しに、壁を触ろうとしたらスカッと抜けてしまった。


「これ壁じゃなくて普通に空間じゃん。えっ、これマジ斬り?」


 すると、奥から小さな生き物のようなものがゾロゾロとこちらに向かってくるのが見えた。


「何だあれ?小さな…イノシシ?」


 目を凝らすとそこにいたのは俺のよく知るものだった。


「えっ!?イノゴブリンじゃん!!」


 そう、それは俺がよく経験値を荒稼ぎするときに退治していたイノゴブリンの群れだった。俺は知ってるものを見つけた高揚感と同時に違和感を覚えた。


 イノゴブリンは【Exstory.】のモンスターである。なぜ、今俺の目の前で木の棍棒(攻撃力20)を振り回そうとしているんだ…?ていうかこれ俺に向かってきてない?


「もしかしてこれって…」


 すると、上からぱーっと神々しい音を鳴らし羽の生えた人間が降りてきて、眼の前のイノゴブリンの大群を謎の光線のようなもので焼き払った。


「あなた、石居ハルトですね?あなたは勇者として【召喚】されました。」


もしかしてこれって―

「は、ハイ!てことはあなたは…!」


「あら不思議、私をご存知なんですか?」


振り向くととんでもない青髭を生やした円らな瞳のおっさんが立っていた。


見たことのある展開で見たことのない人が来てしまった…。


「えっ」思わず声に漏らしてしまった。

「えっ」


「…」


「あっすいません、人違いでしたごめんなさいね。へへ。」


「あ〜、あっそうですか。気にしないでください。ははは。」


「…」



俺の物語はまだ始まったばかりだった…

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