虚の殻

「あんた、一体何者なの?」


 少年の屍と、少年に刃を突き立てたまま動かぬイェルマリド。その先に立ち尽くす威志だった何かに、サナは問い質した。


「ん? 揺らいでいるから何か聞いているのかな。まあ、予想はつくがな」


 それは、芝居がかった仕草でお辞儀してみせた。

 にやにやと口元に笑みを浮かべる。しかしその目はどこまでも虚ろで、顔の上半分と下半分が別の生き物のように見えた。


「俺は蝙蝠……そうだな、死衣しい。蝙蝠死衣。アナグラムっぽくて格好いいだろ? まあ威志を逆から読んだだけだけどな」

「そんな、ふざけたことを聞いてるんじゃないわ!」

「俺は、この体の本来の持ち主ってやつさ。だけどこの通り、見るも聞くも感じも出来ない。だから感覚器を用意したのさ」

「感覚器……?」

「威志さ。あれが俺の感覚器で、殻だ。普段はテレビを見るみたいに──まあテレビってやつも威志を通して知った訳だが──周りを見ている。こうして面白そうな祭があれば出張るけどな」

「祭って、この状況が!?」

「ああ、何か言ってるな。もどかしいな。面倒だな」

「あんた、ちゃんと──」

「飽きた」


 死衣を名乗るそれが、糸が切れたように膝から崩れ落ちた。頭から倒れる寸前に、手をついて庇う。


「ちょっとまだ」

「あいつは、元の居場所に戻ったよ」


 声音が変わった。


「あんた……威志なの?」

「そうだね。ちゃんと見聞き出来るから、そうじゃないかな」


 沈んだ声。威志の声だった。

 サナは安堵の溜息をついた。


「どうやら、僕は死ななかったらしい」


 サナははっとした。そうだ、魔王は命を互いに繋ぐはず。ならば、威志に何か影響があってもおかしくない。

 威志がサナを見つめ、軽く指を鳴らす。


「痛っ」


 サナの手に、火花が弾けたような痛みが走った。しかし傷などはない。


「なるほど。死ぬのではなく、魔王の力の一部を受け継いだのか」


 これなら、次は僕も戦える。そう威志はつぶやいた。


「次って……」

「君の世界の魔王だよ」

「あんた、まだ」

「君も聞いただろう。僕は感覚器で、殻で、薄膜みたいなもので。いつ消えるかも分からない」


 死衣の言葉。あれは、真実なのか。サナは慄然とした。

 じゃあ、死衣こそが本体で今目の前で話している少年は──。


「だから僕は自分の意志で戦って、死にたい。ただ消えるのではなくて。今回はあいつに譲ったけど、次こそは」


 ゆらり、と威志が立ち上がる。

 サナは歩み去ろうとする威志と、頭を下げたまま動かないイェルマリドを交互に見て、逡巡した。


「行きな」


 頭を上げず、イェルマリドがつぶやいた。


「この世界は、あんたの居場所じゃない」


 どこか寂寥を含んだ声。燃え尽きた灰のような声だった。


 ──そうだ。私は、私の世界を救う。


 サナは頷き、威志の跡を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る