玉座の間

 城の中は無人だった。

 誰にも出会うことなく城の中央、玉座の前へと辿り着く。巨大な両扉は開いたままで、三人は玉座の間にある無数の柱の影に隠れながら、最奥の玉座を覗き見た。


 そこは、黄金に煌めいていた。

 金銀財宝の山で玉座も埋もれている。その山の中で。


 黒い竜が、寝そべっていた。


 西洋のドラゴンのような、翼の生えた巨大な蜥蜴のようであった。寝息が響く度に、口元から火が漏れ出ている。

 あれが、魔王か。自分とは似ても似つかないと、威志は思った。

 だが不思議な気配の源は、間違いなくあの竜だ。

 その竜が突然、目を開いた。

 轟音と、暴風。撒き上がる塵に一瞬目を閉じ、開いた時、眼前に竜がいた。巨体からは信じられない速さだった。


『お前、何者だ。その気配は、何だ』


 唸るような声が腹に響く。


『答えろ』


 突如、全身に電流が走ったような衝撃が貫いた。体に力が入らない。崩れる様に倒れる。

 これが、魔王の権能、痛みを操る力か。ただ睨まれただけで、何もできなくなる。

 竜の手が伸びて来た。体を動かそうとするが痺れて痙攣することしか出来ない。


『我が城に何故、で──』


 伸びた腕が突如、爆発した。鱗と血が四散し、その破片が威志にも降り注ぐ。

 別の柱の影からイェルドリマとサナが飛び出してきた。

 爆発は、サナが投げつけた瑠璃だった。


「よくやった」


 イェルドリマが自らの血を飛ばす。その血は竜の傷口に吸い込まれる。いくら分厚い外皮、鱗があろうとも内部からなら破壊が叶う。


 これが、威志が提示した修正案だった。

 威志が魔王の気配を感じ取れるなら、魔王も同様であり隠れるのは不可能。ならばそれを逆手に取ればいい。

 威志が単独で行動し、威志に気を取られた魔王の不意をつく。それが見事にはまった。


 はずだった。


 竜が口から炎を吹いた。自らの腕に。

 青白い炎が竜の腕を炭化させる。腕は骨と爪を残し四散する。肉も血も即座に蒸発していた。


 ふたりの魔女の顔に驚愕が走る。ふたりとも、それぞれに身構えるが、竜がふたりを睨みつけた瞬間に決着はついた。

 衝撃が走ったように、ふたりがのけ反る。威志と同様『痛み』に支配されたのだ。

 それでもサナは、震える手で握った瑠璃を投げようとする。


『愚かな』


 魔王の一言と共に、サナの爪の間から血が噴き出した。痛みに肉体が耐えかね、自壊を起こしたのか。

 手が下がるが、それでも瑠璃は握ったままだ。

 激しく痙攣しながらも、サナが顔を上げる。苦痛に歪み涙に塗れていた。浮き出た血管が無数に走っている。整っているはずの顔立ちが、ひどい有様だ。


 それでも。否、だからこそ威志は美しいと思ってしまった。

 羨ましいと思ってしまった。

 自分には、あんな強い意志も、願望もない。

 だから、このまま死んでもいい。道半ば。何も成していないが行動は出来た。自分の意志で。

 だけど、あの少女は違うだろう。地面を這い罪にまみれ、それでも諦められない望みがある。

 だから、助けたい。そう思ってしまった。

 自分にはない価値のある、あの少女を──。


「いいぜ、出番だな」

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