赤の魔女

 影が降り立ってきた。

 背の高い細身の女性だった。長い赤髪をなびかせ、切れ長の目の中の瞳も赤い。ゴシックパンクというのだろうか。ファーのついた露出の多い、体にフィットした黒い服装が肌の白さを際立たせていた。


「じゃあ、この世界はどこの世界っていうんですか?」

「物怖じしない子だねえ。流石、魔王」


 威志の質問に、女性が呆れたように言う。

 魔王、という言葉にサナが敏感に反応した。


「話、聞いていたの!?」

「それもあるけど」


 霧の中から、無数の人影が現れた。

 否、それは人ではない。人に似た蜥蜴たちだった。

 後足で立ち鎧をまとい、手のように発達した前脚で斧や槍を持っている。


「こいつらは」

「魔王の手下さね」


 女性はうそぶくと、長い爪で自分の指を刺す。血が小さい赤玉となって指先に浮き上がった。

 女性が軽く手を振る。血が先頭の蜥蜴人の鼻に付着した。


 そこからの変化は急激だった。


 女性の血が針のように変化し、蜥蜴人の顔面に突き刺さる。つんざく咆哮と共に、蜥蜴人の顔から黒い血が吹き上がる。

 その血が、槍のような形を変え他の蜥蜴人に降り注いだ。

 阿鼻叫喚。

 血が吹き上がるたびに黒い槍も増え、雨のように蜥蜴人を突き刺す。

 残ったのは、蜥蜴人と屍と黒い血の池。威志たちの周りだけ、綺麗に血は避けている。池の中に浮く島のようだった。


「自己紹介がまだだったね」


 女性が振り返り、艶然えんぜんと笑う。


「あたしの名前はイェルドリマ。この第七世界の魔女。見ての通り、血液を操る技の使い手さね」

「第七世界。ここは第七世界『鉄血世界』なの?」

「そうさ、第四世界の魔女さん。世界を渡る術なんてあるんだねえ。しかし、なんでまたこっちに迷い込んだんだい?」

「それは、こいつが勝手に別の世界の入口にはいっちゃって……」

「それに魔王同士の魂の繋がりってのも初耳だ。それで、こっちの男の子が魔王って訳だ」


 ずい、とイェルドリマが威志に顔を近づける。サナと微妙に異なる紋様が赤い瞳の中に見て取れた。


「確かに。信じられないけど、魔王の臭いがするさねえ」

「僕、臭いですか?」

「面白いこと言うじゃない。臭いは例えさね。それにしても君、魔王を殺したら死ぬかもしれないんだよ?」

「そうみたいですね」

「やれやれ、頭の中は魔王級だね。まあでも、それなら何も第四世界まで行くこともない」

「どういうことですか?」

「こっちの世界、第七世界の魔王を殺しゃいいじゃない」

「なるほど」

「なんですって!?」


 威志とサナ、それぞれの反応にイェルドリマが笑った。


「別に驚くような話じゃないんだと思うけどねえ。お嬢ちゃんはこいつに自分の世界の魔王を殺して欲しいなんて期待しちゃいないんだろ? ならあたしらの世界の魔王に殺されても問題ないし、運よく相打ちになってくれりゃあ儲けもんだ」

「確かに、僕はどの世界でも構いません」

「あんたねえ」

「それに」


 イェルドリマが、畳みかける様に言葉を重ねる。


「世界渡りなんて大技、そんなすぐ発動出来るのかい? 思うに次元の壁を破り、その狭間を抜けて来たのだろうて。術を組む間、安全な場所を確保せねばならんだろうが、ここは魔王の拠点のすぐ近くだよ」

「な」


 サナが動揺したように辺りを見回す。


「あたしはね、嬢ちゃん。魔王を殺しに。暗殺を試そうと思うのさ」


 だから、ここに居る。ここに来た。

 そう、イェルドリマは言った。

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