魔王と魔女

 そして、今に至る。


 切れ目の先の世界、灰色の森の中で威志は少女に取り押さえられた。

 喉に押しつけられた青い小石。車を破壊した爆発の源がこの石なら、威志は上半身ごと吹き飛ぶことになるだろう。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 それよりも──。


「教えてくれ、魔王ってなんだ?」

「あんたのことよ」

「だから、何で僕が魔王ってやつなんだよ」

「あんた……」


 動じない様子の威志に、少女が動揺する。その隙をついて、威志は腹筋を使って起き上がった。少女がのけ反る。目に怒りをこめて、少女は叫びかける。が、怒りが驚愕に変わる。


 威志が、喉に押し付けられていた小石をつかみ、飲み込んだからだ。


「この石。君が離れた場所でも爆発していた。触れていなくても操作できるんだろう。なら、君は僕を生かそうが殺そうが、自由だ」

「あんた……狂っている」

「自分が襲われた理由が知りたいだけだよ」

「あんたが魔王だからよ。本当に知らないの?」


 威志が頷く。しばしの沈黙の後、少女が溜息をついた。


「いいわ。何も知らないのね。教えてあげる」


 どの道、殺すことには変わりはないけど、と少女はつぶやく。


「九つある世界。その世界に君臨する魔王たち。あんたはその魔王のひとりなのよ」




 九つの世界。それぞれの世界には、強大な権能を以って人々を脅かす『魔王』が存在していた。

 少女、サナの住む第四世界『宝玉世界』も魔王によって荒廃の一途を辿っていた。魔王を殺せるのは、対となる『魔女』のみ。しかし第四世界の魔王は自身の強大な力に加え、大勢の配下を従えており容易に手を出せない。

 打開策はないかと古書を読み漁り、ついにサナは見つけたのだ。その策を。

 各世界の魔王たちには魂の結びつきがある。だから他の世界の魔王を殺せば、第四世界の魔王も弱体化、あるいは連鎖して死ぬかもしれないと。

 故にサナは世界を渡る術を探した。そしてその術を見つけ行使し、別世界の魔王たる威志を殺しに来たのだ。




「じゃあ君は」

「そうよ」


 少女は宣言した。


「私は第四世界『宝玉世界』の魔女。無機物に力を込め、瑠璃に変えて武器にする」

「僕は、世界を脅かしてなんていないんだけど」

「いずれそうなる。あんたも魔王だから」

「それは魔女だから分かる?」

「そう」


 サナが顔を近づけた。睫毛が触れるほど近くに。それで気付いた。サナの青い瞳の中に象形文字のような紋様が浮かんでいた。


「これが魔女の瞳。これで魔王を見分けられる。この瞳で、あんたを見つけた。世界の脅威である魔王を」

「それで、他の人も巻き込んで殺そうとしたんだ」


 威志の言葉に、サナは顔を歪めた。威志としては傷つけようと言ったつもりはなかったのだが、皮肉に聞こえたのかも知れない。


「私は、私の世界の為に何だってする」

「そうか」

「そうよ。だからあんたを殺す。いや滅ぼす」

「わかった」


 威志は頷いた。今度はサナが驚く番だった。


「あんた、死にたいの?」

「ただでは死にたくないよ。だから、条件がある」


 僕を魔王の許まで連れて行ってくれ。威志はそう言った。


「その魔王は、僕が殺す。僕が失敗したら、その場で僕の体の中の瑠璃だっけ? それを爆発させて殺せばいい」

「あんた、何か特別な力があるの?」

「いや。少なくても自覚はない。普通の中学生だよ」

「なら、勝てる訳ないじゃない」

「それでもだよ。駄目なら君が僕を殺すなり滅ぼすなりすればいい。魔王に近づけていたらなら爆弾代わりにだってなるんじゃない?」

「どうして、そんな……」

「僕は死ぬなら」


 威志は淡々と言った。


「何かをやり遂げるか、やり遂げようとして死にたいんだ」


 そして威志は立ち上がった。


「さあ、魔王の場所まで案内してよ」

「それは」


 サナが目を泳がせた。今までと違う、狼狽の色がある。その様子に威志は首を傾げた。


「どうしたの?」

「ええと、その。此処ここは、違うよの」

「違うって?」

「そりゃあ、そのお嬢ちゃんの世界じゃないってことさね」


 頭上から、声が響いた。




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