青の少女

 蝙蝠、というのは珍しい姓だろう。


 だが蝙蝠威志は自分を公立学校に通う普通の中学生と自認し、そうあろうと務めてきた。

 だが、そんな威志の思惑など世界はどうでも良かったらしい。




 放課後、帰り道。


 すぐ近くで爆発が起きた。車が激突し、トラックが横転する。

 事故が先か爆発が先か。分からぬまま爆風でよろめく。次いで、背筋にひやりとした感覚が走る。


──どうする?


 揶揄うような声が頭蓋に響く。

 うるさい。

 その声に反発するように、気配があった方へ踏み込む。

 そして爆発。気配を避けていたら居たであろう場所が、爆心地だった。

 割れたコンクリートの破片が飛び散り、威志の頬をかすめる。

 その痛みに、威志は顔をしかめた。


「なんで」


 不意に声が響いた。威志が振り向く。爆発の煙と炎。横転したトラックの上に、小柄な人影があった。


「見抜かれた?」


 甲高い、少女の声。動揺の色が濃かった。煙が風でゆらぎ、人影の姿がはっきり見えた。

 少女だった。鮮やかな青い髪と瞳が、火と煙の中で浮き上がっている。その背後には、切れ目のような縦線が揺らいでいた。

 あの気配、殺気だったのか。するとあれはフェイントだったのか。


「避けて悪かったね」

「そんな安い挑発になんて」

「いや、本当に」


 沈んだ威志の声音に、少女は眉をひそめる。が、すぐに威志を睨みつけた。


「やっぱり、おかしい。流石、魔王ね」

「魔王?」


 威志が首を傾げた。話が聞きたい。少女の方へ歩み寄る。

 少女の顔に怯えが走る。指の間に挟んでいたビー玉のような青い石を投げつけてきた。威志が避ける。背後で爆発が生じた。

 これが爆発の正体か。


「避けるな!」

「ごめん」


 言いながら、威志の耳は別の音を捉えていた。サイレン。警察か、救急車か。

 周囲を見回す。燃え盛る車。煙。火と煙に隠れて見えないが、うめき声も聴こえる。車に搭乗していたか巻き込まれたのだろう。

 これはまずい。

 威志は駆け出し、少女の立つトラックに飛び乗る。


「何を」

「逃げないと」

「だからどうして」

「警察がくる」

「それがなに?」


 少女は動じない。しかしうめき声、泣き叫ぶ声の方を見て表情を歪める。苦し気に、顔を蒼ざめさせ。

 威志は構わず少女の手を引いた。


「ここから離れないと」

「あんたを殺したら、すぐにでも──」


 手を振りほどこうとする少女に引っ張られ、威志がバランスを崩す。倒れた先には、少女の背後に見えた切れ目があった。切れ目の先は──。


「星空?」


 そのまま切れ目に頭から突っ込んだ。手を握ったままの少女と共に。




 視界全てが、星空だった。上も下もない。重力もない。

 その空間を回転しながら移動している。

 宇宙、ではない。真空なら、とっくに死んでいるはずだ。

 視界の端に、何かを捉えた。


 切れ目だった。


 暗い空間の中で淡い光を放つ、細い目のような切れ目だった。

 そちらに手を伸ばす。

 反対側の手から激しい振動を感じた。振り返ると、少女の手を握ったままだった。少女が大きく口を開けて、暴れている。何か叫んでいるようだったが、聞こえなかった。


 威志と少女は、切れ目の中へと飛び込んだ。


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