第18話 使用人?それとも養女?

「良くない思い出があるの?」

「そうですね……母がよく、暗い瞳に生んでごめんなさい、とか、可哀そうな子と。美しくないのは仕方がなくても、せめて明るく綺麗な色に生んであげたかったと言っていました」


それが、王家の色だと言われても、複雑すぎて喜べない。

ハンナ嬢やリーディエ嬢なら、天にも昇る気持ちになっただろうな、と羨ましく感じる。


「わたくしね、帝国に嫁ぐことになるの。このお見合いが失敗したら、というか、もう失敗したのだけれど」

「……レオナ様」


翳りのある微笑みを浮かべて、レオナ様は紅茶を一口飲んだ。

窓の外に目を向ける姿も、清楚でそれでいて凛とした強さも秘めていて美しい。


「わたくしの家は帝国に近いでしょう?だから定期的に薄めないように政略が組まれるの。お相手は元王族の公爵様。嫌ではないけれど、祖国を離れるのは何だか寂しくて。お姉様は在学中に良いお相手をさっさと見つけてしまったし、妹も国内の貴族と婚約を結んで……侯爵以上の家柄でなくては駄目だったの。でも、諦めはついたわ」


そう言って言葉を区切って、レオナ様は私を優しい目で見た。


「貴女に負けるのは仕方がない、と言ってるの」


えっ?

何一つとして勝ってない私に!?


「い、え……それは、わたくしは何一つレオナ様より秀でていませんよ!わたくしが苦情を申し上げてきましょうか?」


実際に、侯爵夫人になるならレオナ様の方が良いと思うし、私は使用人で十分だ。


「謙遜も過ぎれば嫌味になるのよ、アリーナ嬢」


優しい目で釘を刺されるが、そういう事ではなかった。


「これは謙遜ではなく、適材適所というものでございますわ。美しさも貫禄も性格も、全て、レオナ様は素晴らしいお方ですし、わたくしを使用人として雇ってもらえれば、丸く収まるのでは?」


「ふふっ、そうね。貴女がこの侯爵家に拘らないのだったら、わたくしの侍女に迎えて帝国へ連れて行きたかったわ」


寂しげな笑顔を、そんな美しい顔でいうのはずるい。

心臓をきゅっと掴まれたように、切なくなる。


「レオナ様……」

「じゃあ、一緒に侯爵夫人の所へ参りましょうか」

「分かりました!あ、でもその前に着替えをしてきても宜しいですか?このドレスと宝飾品をお返ししたいのです」


少し考えて、レオナ様は頷いた。


「ええ、分かったわ。用意が出来たら、わたくしの部屋にまたいらっしゃい」

「お待たせいたします」


立ち上がって挨拶をすると、私は急いで部屋へと戻った。

これで、侯爵家は婚約者が決まり、私は職を得られるかもしれない、とそう期待に胸を膨らませて。


部屋に戻ると、既に侯爵夫人の侍女のディタさんとエヴァさんが待機していた。

勿論私付きの侍女、ロンナもいる。


「あ、わざわざいらしてくれていたのですね。これからドレスと宝飾品をお返ししようと思っていまして……」


「はい。着替えを手伝うよう申し付けられましたので、お手伝いさせて頂きますね」

「お願いします」


美しい薄絹のドレスを脱いで、高価な宝石類が外されると、さすがにほっとした。

伯爵家で誂えた既製品の、地味目なドレスを着る。

もうすぐ就寝だが、この後レオナ様と約束があるので、コルセットはまだ外せなかった。

髪飾りも外すので、髪型だけは少し整えてもらう。


「では、レオナ様のお部屋に寄ってから、侯爵夫人のお部屋に参ります」


ディタさんとエヴァさんはそれぞれ、ドレスと宝飾品を箱に収めて持っていて、了解を示すように会釈した。


「レオナ様は、侯爵夫人のお部屋に行かれました」

「……そ、そうなのですね。わかりました」


お待たせしすぎて痺れを切らしてしまったのかしら?

私は侍女二人に頷いて、そのまま侯爵夫人の部屋へと向かう。


途中、ハンナ嬢とリーディエ嬢が通りかかり、すれ違いざまに凄い目で睨まれたが、侍女二人を見ると何も言わずに通り過ぎる。

野犬の様に荒れた眼をしていた。

怖い。


侯爵夫人の部屋に着くと、侯爵夫人とレオナ様が向かい合って座っていた。


「あら、いらしたわね」

「宝石とドレスをお返しに伺いました。レオナ様もお待たせをして申し訳ありません」


二人へと挨拶をする。

そして、従僕に引かれた椅子に、私も腰かけた。


「それで、貴女達は今回のお見合いについて意見がありますのね?レオナ嬢を花嫁に、アリーナ嬢は使用人として働きたい、という事で宜しいの?」


「はい……!そうして頂けるなら是非……!」


私は胸の前で手を組んで頷いた。

侯爵夫人の側で働きたいけれど、レオナ様が主人でも末永く仕える事は出来そうだ。

性格も品格も、申し分ない。

そういえば、このお二人は少し似ている。


「申し上げましたでしょう?」


意味ありげにレオナ様が言うと、ふう、と侯爵夫人はため息を吐いてみせた。


「アリーナ嬢は、わたくしの娘になるのは嫌ですか?」


「えっ?いっ。嫌だなんてそんな、恐れ多い!そんな訳あるはずが、ないです!」


悲しそうな顔をされれば、敬語すらかなぐり捨ててしまった。


え?養女にしてくださるのですか?!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る