第17話 いつまでもその棘は抜けない

見た目も所作も美しくもない。

貴族としての教育も受けていない。

気を引けるとしたら、アデリーナ様に似ている、という事くらいだ。

それだって、家族へ向ける愛情で、恋愛のそれとは違う。


「わたくし、出来れば侯爵家で働かせて頂こうと思っていまして……それに、レオナ様がご心配されているような理由ではきっとないのです」


侯爵家の花嫁候補としてではなく。

きっと喪った家族の面影を求めているのだと、私は思う。


「事情は詳しく伺ってはいないのですが、わたくしが奥様の知っている方に似ているらしいのです。それで親しみを覚えて、少しばかりご寵愛を頂いているだけかと」


レオナ様は、じっ、と私を見た。

私もレオナの灰色様の理知的な瞳を見返す。


「本気でそう、思っているのね。……いいわ。昨日までは確かに、何か特別な理由があって、貴女を特別視しているのだと思ったの、私も。でも違うわ。そのドレス、御覧なさい?」


言われた私は、胸元の銀色から裾に向かって黒くなるドレスを見つめた。

上等な布で、ふんだんに宝石も散りばめられている。

ところどころの淡い紫の花も……。


あら?この色はもしかして……?


ハッと顔を上げてレオナ様に問いかける。


「花の色が、侯爵夫人の瞳と同じ色……」

「正解よ。それからドレスは髪の色、銀は侯爵夫人、黒は侯爵様。という事はそのドレスも、何か二人の思い出が詰まったドレスでしょうね。それを着せるというのは、侯爵様に暗に貴女を推していると伝えているのよ」


でも、そうだとしても。

肝心のディオンルーク様のお気持ちは私には向けられていない。

今日だって、特にそんな雰囲気も言葉も無かった。

優しくて、真面目で、良い方ではあったけれども。


「でも、ディオンルーク様のご意思もありますでしょう」

「そうね。晩餐にそのドレスを着せたという事は、本人にも確認済みなのではないかしら?」


まさか。

急ぎの用事で席を外されたのに、そんな時間があったとは思えない。

眉を顰めた私に、レオナ様はフッと力なく微笑んだ。


「貴女には理解出来ないでしょうけれど。愛や恋でなくてもいいのよ。好ましいと思いさえすれば、それで上々。今日のお茶会もディオンルーク様と言葉を一番多く交わしたのは誰?」

「そっ、それは……わたくしです」

「彼の興味を引く話題を貴女が提供したの。わたくし達はその事で議論に入る余地すら無かったのよ。確かに貴方の言う様に、ディオンルーク様は貴女を愛してはいないかもしれないけれど、悪くはない、と思った筈よ。きっとそれを侯爵夫人も確認した。だからこその、このドレスなのよ」


貴族の結婚や恋愛観は、確かに平民だった私には分からない。

妹はずっと恋愛してから、結婚へと進む道順を辿っていた。

裕福な商家だから、ある程度結婚も自由に決められるからだけど。

平民はまず、親によるし、本人が恋愛してという場合もあれば、売られるように嫁ぐ場合もある。

貴族の世界は、私にとっては物語の世界だ。

読んだことはあっても、身に降りかかる事はない世界なのだから。

侯爵夫人、などという肩書は重すぎる気がしてならない。

でもだからといって、断るという選択肢も私には与えられていない。

急に現実味を帯びてきた事実に、私は戸惑うばかりだった。


「貴女の事も調べたのよ?多分ファルネス侯爵家でもわたくしと同じ位には調査しているはず。血筋の問題はほぼ、無いわ」

「えっ?平民でもですか?」

「ええ、そう。例えば元王族の平民の子、だとしたら、その身分は低いかしら?高いかしら?」


元王族が、平民になり子を残すことはほぼないだろうが、レオナ様はきっと分かり易く問いかけているのだ。

私は少し考え込む。


「身分は低くても、尊い血が流れている方かと」

「ええ、そう。的確な表現だと思うわ。貴女もそうなのよ。お父様が伯爵家の直系というだけでなく、お母様のお爺様も伯爵家の直系でしたでしょう?サラセニア王国のディルア伯爵。お祖母様はアマン男爵令嬢。二人は駆け落ち同然で祖国を離れたそうよ」


そう言われてみれば。

母がロマンチックだと話していた事がある。

商会を作ったのもそう。

駆け落ち同然で結婚した、その曽祖父母だと聞いていた。

サラセニア王国の出自だと知っていたし、ディルア伯爵家とアマン男爵家も名前だけは知っている。

けれど、それだけだし没交渉だ。

昔、一人娘の母を養女にしたいという話が持ち上がった事もあったらしいが、祖父が怒って追い返してからは何の音沙汰も無いらしい。

その頃には既に曽祖父は亡くなっていたという。


「でも立場は平民ですし、遡れば貴族だった家柄もざらにございますでしょう?」

「そうね。でもディルア伯爵家は特殊なのよ。王家との繋がりが濃くて、何度も姫君が降嫁しているの。特徴はその夜空みたいな藍色の瞳」

「……えっ」


ぎくりとした。

幼い頃から地味だと言われ、馬鹿にされてきた色だ。

特に母親によく言われた。


「可哀そうに、こんな暗い色の瞳に生まれてしまって……」


何度も何度も可哀そうに、と言われて、悲しくて泣いてしまった事もある。

だから、私は自分の瞳の色が好きではなかった。

父が嗜めても、母は「だって可哀そうなんだもの」と言う。

本当に憐れんでいるから、父も強くは言えないようだった。

でもその分、妹が「私は好きよ!綺麗な色じゃない」と励ましてくれたのだ。


ああ、こんな時までも。

母の言葉は私の心を抉るのだわ。

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