第16話 突然の試験と、脱落者

「おや。使用人達の名前を?」

「ええ?お話した方は全員存じておりますが……」


何か問題があっただろうか?と侯爵を見れば、侯爵は夫人と目を見かわしている。

侯爵は少し驚いた眼をしているが、侯爵夫人は笑顔だ。


「家令の名前を知っている方はいらして?……ああ、アリーナ嬢以外でね」


モニカ嬢とレオナ様がすっと挙手した。

その他の三人は視線を彷徨わせている。


突然試験が始まったようだ。


「ではモニカ嬢」

「はい。ジョルジュ、と夫人がお呼びになったのをお聞きいたしました」

「ええ、そう。正解よ」


正解をもらったモニカ嬢は、ほっとしたような顔で私を見た。

私はモニカ嬢に微笑んで頷く。


「貴女がたの荷物をお部屋に運び入れた従僕の名を知っている方は?」


アリーナ嬢以外と言われていないので、これは、私も参加するべきだろうか?

よく分からないが、とりあえず挙手はしておく。


レオナ様を見るが、挙手はしていない。

形の良い眉が、少し寄せられていた。


私以外、誰も手を挙げなかった。


「では、アリーナ嬢」

「ロード、と聞いております」

「ええ、正解ですわね」


でも、これは私にとって有利過ぎる問題だ。

迷ったけれど、それを口にする事にする。


「でも、きっと皆さんは初日に荷物を運んで頂いたくらいで、言葉を交わす機会はなかったように思いますが、わたくしはその後ロードと話す機会がございました」


「ふふ。正直なこと。本来これはね、最終日に問う質問なのよ。こちらで何度か接点は作るように調整して、様子を見る予定だったの。でも」


私がぶち壊してしまった!

試験の一つを!

あわわわわ。


「申し訳ありません……」

「いいのよ。これは選別の為の手段に過ぎないもの。結果さえ出ればいいの」


そうか。

結果さえ出ればいいのなら、問題ないなら良かった。

私は胸をほっと撫で下ろした。

きっと他にも試験は用意しているのだろう。

流石は侯爵夫人である。

私は心置きなく食事に戻った。


冷めても美味しい!


結局その日の晩餐も、デザートを2皿頂いて、お土産お菓子のメレンゲもたっぷり頂いた。

サクッとしていて、口の中でシュワッと甘く蕩ける美味しいお菓子だ。

包みを持って、皆と部屋に戻る途中で、ハンナ嬢とリーディエ嬢だけ侯爵夫人の侍女に呼ばれて、渡り廊下を引き返した。


「あの子達落とされたわね」


冷たく静かな声で、マリエ様が言う。

モニカ嬢はのんびりした声で同調した。


「そうですねぇ」


そこでレオナ様がまた足を止めて、私を振り返る。


「アリーナ嬢。少しお時間を頂けて?わたくしの部屋でお話をしたいのだけれど」

「ええ、勿論ですわ」


今日こそ、このメレンゲが目当てですね?


私はメレンゲの入った布包みを抱えなおした。


「いいえ、メレンゲじゃなくてよ。話がしたいの。いらっしゃい」


凄い。

私の考えていた事を見抜くなんて。

しかも、私の考えは外れていた。

恥ずかしい。


踵を返して部屋に向かうレオナ様の背中を追いかける。

結いあげた黒髪が、ゆらゆらと揺れるのが美しい。

編み込まれた飾りや宝石も、星の様に輝いている。


レオナ様とディオンルーク様が結ばれたら、黒髪の子が生まれそう。

きっと綺麗な子供だろうな、などと考えていると部屋に着いた。

通された部屋の中は、私と同じ間取りだが、豪華な装飾品や調度品がある。


屋敷からわざわざ運ばせた物だろう。


侍女に椅子を引かれたので、そこへと腰かける。


「昨日は断ってしまったけど、話を聞いてもらおうと思ったのよ。今日でここを去るから」

「えっ?何故ですか?」


私は驚いた。

だって、どう考えても花嫁候補一位なのに。


「何故って、本気で言っているの?あなた」

「はい。レオナ様は美しくて、礼儀作法も完璧で、公平でお優しい、素敵なご令嬢なので一番の花嫁候補かと」


レオナ様は深く、深くため息を吐いた。


「貴女って本当に……」

「……ハンナ嬢とリーディエ嬢が私を蔑むような事を言っても、レオナ様は揺らぎませんでした。流されることなく、嗜めておられたのです。侯爵夫人に相応しい品格と美しさ、最高じゃないですか」

「貴女が誉めてくれるのは嬉しいけど、それでも。侯爵夫人が選んだのは貴女よ」


えっ?

えっ?

選んだ?


私の顔を見てから、レオナ様は白く美しい手を伸ばして私の耳飾りに触れる。


「これを見た時には分かっていたわ。この色はディオンルーク様の瞳のお色。その宝石を貴女に身に着けさせるという事は、ディオンルーク様に対しての伝言メッセージよ。あの方が気に入るかどうか……と思ったけれど」


確かに、そういう、絵空事の様な仕来りは知っている。

愛する人の持つ色の贈り物を身に着ける、とかそういうのが貴族の間ではあるのだと。

平民にはそんな習慣はない。

裕福な家庭でも、宝石やドレスなどをそんなに幾つもはもてない。

相当大きな大商会なら、その位はあるかもしれないけれど。


「ディオンルーク様が私をお気に召す事はないかと存じますが」

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