第15話 口は禍の元

晩餐室へ行くと、侯爵と侯爵夫人以外は既に揃っていた。

図書館に長々居座ってしまったのと、ドレスを借りたのと、着付けや手直しをして貰っていたからだ。

今更慌てても仕方がないので、心の中で反省しつつ。

私は転ばないように、姿勢を崩さないように慎重に席に近づいた。


ずっと、皆の視線は私に向けられていて。

無言の非難かと思ったので、席に着く前に深々と淑女の礼を執る。


「遅くなりまして、申し訳ございません」


「……まさか、そのドレスもお借りしたの?」


静かな押し殺した声音で、マリエ様が問いかけてきた。


分かりますよねー!

今までのドレスと物が違いますもんね。


私は素直に頷いた。


「本日の晩餐は侯爵様もお出でだという事で、みすぼらしいわたくしに手を差し伸べてくださったのかと。……お目汚しをする訳にも参りませんので、ご容赦を」


一人だけ、侯爵夫人に手を貸して頂いた事を一応謝罪する。

それから、慎重に席に着く。


コルセットがいい仕事してる!

姿勢を保つのに、とても良いですね。

でも、お腹いっぱい食べられるかしら?

そこだけは心配だわ。


ふと、皆がお互い目を見かわし合うのを見て、私は不思議に思う。

何か変な事を言ったかな?


「いつ、侯爵夫人と?」


溜息と共に、マリエ様が問うので、思い出しつつ答える。


「お茶会の後、暫くの間図書室で調べ物をしておりましたので、そこに侯爵夫人がいらっしゃいまして、お話をさせて頂きました」


「そうでしたのね。侯爵様がいらっしゃるとは知りませんでしたわ」


モニカ嬢は落ち着いた笑顔を浮かべて言う。


ああ、そういう事か。

事前に情報を貰っていた事に関しての、探り合いだったのね。

貴族、めんどくさい。


ちょうどそこに、侯爵夫人を伴って、侯爵が現れた。

濡れたような艶やかな黒髪に、ディオンルーク様と同じ薄い青の瞳で、穏やかな笑顔を浮かべた紳士だ。

ご夫婦が並んでいると、一対の芸術品の様に美しい。


全員が立ち上がって淑女の礼を執り、再び席に着く。


「待たせて済まなかったね。少々仕事が立て込んでいて。皆、気軽に晩餐を楽しんでくれ」


声も、話し方もディオンルーク様に似ている。

そして、一瞬私に目を留めて、驚いたように目を瞠った。

それから何とも言えない、優しい笑顔を浮かべる。


ああ。

またアデリーナ様効果……!


私もぎこちなくではあるが、笑顔を返して、今日の料理に目を向ける。

前菜のサラダを頂きながら、レオナ様やマリエ様と侯爵の会話を聞いていた。

正式な晩餐会ではないので、主人である侯爵の近くに座っているのは夫人と高位令嬢の二人で。

伯爵家の四人はその会話を聞く形になる。


それより何だろうこれは。

エビ?ザリガニ?

甲殻類なのは確かだけれど、食べやすいように白い身が寄せられていて、濃厚なソースがかかっている。


美味しい!


紅い殻の部分は飾りの様で、ひっくり返してみたが身は付いていなかった。


残念……。


ふっと、笑う声がして、顔を上げると侯爵が口を押さえて横を向いていた。


何だろう?

私、会話を聞き逃していたかしら?


侯爵は軽く給仕に合図をして。

給仕はといえば、心得たようにまっすぐ私に向かってきた。


あ!

お代わりしていいんですね!


思わず笑顔になった私は、悩んで悩んで、お皿の上に白身のゼリー寄せをみっつ重ねた。

別の従僕がやってきて、その上から濃厚ソースを添えてくれる。


これは、美味しいやつ!


私はがっつかないように、一応、行儀や作法を気にしながらももぐもぐ食べた。


美味しいぃ!


身以外の部分をソースにして、素材の味を高めている。

白身部分は、淡白だが上品な味で。

いや、もう何でもいい。

美味しい以外ない。


「ふふ」


楽しそうな侯爵夫人の笑い声に、侯爵は優しい笑顔を夫人へと向けている。

見れば、机の上の侯爵夫人の手に、侯爵が大きな手を重ねていた。


仲睦まじい!

見詰め合う姿も絵になりますね。


もぐもぐしながら、そんな二人の様子を見ていると、給仕を呼んでくれた侯爵が笑顔で訊いてきた。


「美味しいかい?」

「はい!とてもとても美味しいです。それに皆さんも、侯爵家のご家族の健康の為に、栄養だけでなく味にも大変なこだわりをもっていらっしゃるので、こんな美味しい料理をご相伴させて頂けて、大変幸せです」


どれだけ美味しいか伝えようと、私は饒舌になり過ぎた。

いらない事を言ってしまったのだ。


「皆さん、とは?」


低音の優しい響きに、私はひやりと背中が冷える。


「あ、ちょちょ……調理人の方々……が」


「……ほう?」


興味深そうな悪戯っ子のような目で、先を促すように相槌を打たれて、私は口の中のものをごくりと呑み込んだ。


どうしよう。

働いてました、なんて言えない。

何でそんな事してんのって話になるし。


「偶々、話す機会がございまして……!料理長のジェフさんに教えて頂いたのです。あ、あの、市井に戻っても侯爵家の美味しいクッキーが作りたいと、そう思いまして……レシピを教えて貰いに……」


めちゃくちゃ言い訳したけど、これで何とかなるはず。

だって、嘘ではないし。

クッキー目当てでした!!!

ええ、それはもう!

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