第14話 まるで母の様な
「申し訳ありませんが、お借り出来れば嬉しゅうございます……」
ぺこりと会釈した私に、侯爵夫人は微笑んで頷いた。
図書室から部屋に戻ると、すぐに侯爵夫人の侍女が訪れた。
だけでなく、背後にはお仕着せを着ていない、使用人がいる。
「こちらは侯爵夫人のドレスになりますので、少しだけ裾を上げなければなりません。私共が着付けのお手伝いをいたします。コルセットは夫人からの贈り物ですので、今後もご使用くださいませ」
侍女も優雅である。
そして優しいのも夫人によく似て。
「分かりました。よろしくお願いいたします」
コルセットは何というか、きゅっとしてぎゅぎゅっとしていた。
背中に入れられた
キツさはあるが、自然と姿勢を保つのに良いというか。
このコルセットを着けていて、背を曲げる方が難しい。
「きつくはございませんか?」
「大丈夫です」
下着やコルセットを着け終えて、ドレスを纏うと、やはり丈が合わない。
それを侍女達と共に、多分お針子だろう女性が、布を持ち上げてドレープを作り、花飾りで留めていく。
黒から銀へと変化する布地は大人っぽいが、飾られた淡い紫の花が、華やかさを添えていた。
「美しいドレスですね。侯爵夫人が纏ったらどんなに素敵でしょう」
思わずそう言いながら、頭に思い浮かべていた。
きっと冬の女王みたいに気高く美しいに違いない。
「ふふ。お嬢様は奥様がお好きでいらっしゃいますのね」
「はい。とてもお優しくて、お美しくて、ずっとお側に居たいくらいです!」
とても、何というか、私は、御しやすい女子だと思う。
誉められれば嬉しいし、優しくされたら舞い上がる。
きっと、そう、私は、あんな風に母に見つめられたかったのだ。
それはきっと、愛しい相手を亡くされた侯爵夫人も同じで。
全く違う意味でだけど、お互いの存在が救いになっているのだと思う。
だから、好きにならずにはいられなかった。
私の言葉を聞いた侍女は、二人が二人とも涙を浮かべている。
だが、お互いに何も言う事はなかった。
何となくしんみりした空気の中、お針子の声が響く。
「出来上がりました。どうでしょうか?足元は大丈夫ですか?」
「………はい、問題ありません。有難う」
その場で歩いてみて、特に問題ない事を確認して伝えると、侍女の一人が箱から一揃えの靴を出した。
「この靴をお履きになられてください。大きさが問題ないか見ましょう」
手近な椅子に座らされて、靴を履かせてもらう。
確かに、靴も大事だ。
そんなには用意して貰っていないけれども。
でも伯爵家から予算も頂いているので、必要なら買いに行かせるよう言われていた。
ぴったりという訳ではないが、足が入ったのは良かったかもしれない。
立ち上がると、踵部分が少し余る。
其処へ柔らかい物が押し込まれ、抜かれる。
靴に隠れるような小さな薄い靴下を幾枚か履かされてから、再度靴を履けば履き心地は格段に良くなった。
凄い。
「歩けますか?」
「……はい、問題ないようです。有難う」
くるりと踵を返してみるが、踵もずれる事は無い。
星の様に宝石が散りばめられた漆黒の靴。
足下に闇が広がり、上から月光が降り注いでいるかのような、ドレスに靴。
何て綺麗なドレスなんだろう。
ほんの数週間前まで、私如きがこんな大それた服を身にまとう事なんて想像すらしていなかった。
これは一生心に残る思い出になるだろう。
「さあ、次は化粧をいたしますよ」
「は、はい……」
ロンナは侍女と言っても、元々は小間使い。
私は庶民。
化粧の手腕は、ない。
まあ、不細工が化粧したところで、化粧した不細工にしかならない。
だとしても礼儀だし、少しでも普通寄りになれるならば良いだろう。
果たして、侯爵夫人の侍女の腕前は確かだった。
美人には残念ながらなっていないし、美少女でもない。
でも、醜い部類から、少しだけ進化した私がそこにいる。
可愛いと言えなくもない、みたいな。
気のせいかもしれないけど……。
ロンナは私より驚いたようで、侯爵夫人の侍女に化粧を習いたいと申し出るほどだった。
まあ、汚いよりは綺麗、ではなくても普通の方がいいもんね。
手間暇かけて、色々お借りして、私は何とかご令嬢達の足元辺りに近づけただろうか。
晩餐に遅れないように、早目に移動する事にした。
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