第19話 友人との別離
私は急に頬に熱が集まるのを感じた。
「あ、あの、それは、養女というお話でしょうか……?」
もじもじと思わずドレスを掴んでしまうが、一瞬間を置いたあとで、二人の貴婦人が声を上げて笑った。
ホホホと侯爵夫人が笑えば、フフフとレオナ様が笑う。
多分、凄く珍しい光景。
私は思わず二人を見比べた。
「それも良かったわね。ディオンが気に入らなければ、の話でしたけど」
「では、わたくしは、明日の朝には退去いたします」
笑いを含んだ顔で言う侯爵夫人に、レオナ様は離脱を宣言した。
話が違う……。
私はどうして良いか分からずに、しょんぼりと肩を落とした。
さすがに、これ以上の抵抗をしたら、二人を傷つけて悲しませてしまうのは分かる。
花嫁に望まれているのだとも、理解していた。
レオナ様が悪辣な女性なら、この隙に私を出し抜いていただろうけれど、彼女はそうしなかった。
それに、きっと彼女の政略結婚は家同士の約束であり、国策でもあるのだろう。
諦めたのは、私のせいだけではない。
きっと彼女の中の貴族の責務を負う覚悟がそうさせたのだ。
「わたくし、レオナ様にお手紙を書きますわ。それから美味しいクッキーもお贈りします」
「……そう、それは、とても嬉しいわ」
きらり、とレオナ様の瞳に涙が浮かんで光を反射する。
レオナ様は白く柔らかい手で、私の頬を撫でた。
「貴女のその素直で優しい言葉は、得難いわ。わたくし達貴族にはない温かさがあるの」
「好きだという思いは、せめてお心に届く様に正直にお伝えしたいと、思って……」
「ええ。だから、貴女を連れて行きたかった。でも友人でいてくださるわね?」
私は力いっぱい頷いた。
身体が二つあれば、彼女の側にも居てあげたかったのだ。
きっと、不安で、寂しい。
「会いにも行きますから、必ず。レオナ様が何処に居てもお幸せであるように祈ります」
「有難う。心強いわ」
「さあもう、お部屋に戻ってお休みなさい。明日で全て終わるわ」
私とレオナ様は並んで淑女の礼を執ると、侯爵夫人の部屋を後にした。
「泊まりに行って宜しいですか?」
「……ええ、落ち着いたら、是非、いらして」
渡り廊下を歩きながら、二人で会話をする。
思えば出会ってから三日なのに、何だかとても近くに感じる。
「いえ、今日です」
「今日!?今からですの??」
吃驚したレオナ様に、私は笑顔で頷く。
レオナ様は逡巡した後、頷いた。
驚いた姿は、年相応で可愛らしく見えて、私はもう一度笑った。
「驚いたレオナ様も可愛らしいです」
「そういうところよ」
つんっと上向きに顔を逸らす、その頬は少し赤く染まっている。
恥ずかしがっている姿も可愛い。
これから嫁がれる相手がレオナ様のこの可愛らしさを理解して、大事にして下さる方でありますように。
私は心の底から、そうであるように願った。
翌朝、無邪気な顔で眠る美しいレオナ様の寝顔を堪能してから、私は部屋へと戻った。
お仕着せに着替えて、早速調理場へと向かう。
今日はお手伝いが目当てではなく、レオナ様に渡すクッキーを焼きたかった。
昨晩色々と聞いた話の中に、苺が好きだという話が紛れていたからだ。
「そういう訳で、隅っこで作業させて頂きますね」
家令のジョルジュにも許可を貰い、調理場の皆さんにもお願いをする。
材料費は後で請求してもらう事にした。
生地をこねて、苺のソースを練り込み、飾りにも苺の
そうして出来上がったクッキーは甘酸っぱい美味しさだった。
料理長も忙しい中味見をしてくれて、合格点を貰う。
熱を冷ましている間は、調理場の仕事を手伝う事にした。
朝食を終えた後で、ハンナ嬢とリーディエ嬢、レオナ様はそれぞれ家へ帰っていく。
ハンナ嬢とリーディエ嬢は脱落、レオナ嬢は離脱。
朝食の会話の中で、それとなく区別されて侯爵夫人に告げられた。
諦めがついたのか、俯き加減のハンナ嬢とリーディエ嬢は私の方を見る事すらしない。
対してレオナ様は穏やかに、優雅に最後まで凛としていた。
私は、馬車に乗るレオナ様に、クッキーの入った箱を差し出す。
「わたくしが焼きましたの。お召し上がりになって」
「……有難う、とても嬉しいわ」
最後に見せたレオナ様の笑顔は、淑やかで穏やかな淑女の笑みではなく、可愛らしい年相応の少女の笑顔だった。
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