第12話 受け取らない贈り物の話

「有難く存じます。……こ、侯爵家はお食事だけでなく、お菓子も美味しゅうございますね」


とりあえず、話を別な方向に向けるように私は微笑んだ。

そして、クッキーをもしゃもしゃと食べる。

美味しい。

今日のクッキーには刻んだチョコレートが入っているのだ。

ほわあっと甘みが広がって、ほろ苦いチョコレートの味が入り混じる。

実に美味しい。

無心で食べていると、無言の圧を感じた。


えっ?


まだ三枚しか食べてないのに、何でそんなに見てくるの?


ディオンルーク様は優しい笑みを浮かべている。

レオナ様は呆れたような目で見てくる。

マリエ様は怒ったような目をしていて、モニカ嬢は仕方ないなという困った笑顔。

ハンナ嬢とリーディエ嬢は蔑むような眼だ。


いや、私が食べてるの見てないで、令息と会話したらいいじゃない!


「あの……何か?」


私が問いかけると、答えたのはディオンルーク様だった。


「美味しそうに食べる姿が可愛いと思ってね。邪魔してすまない」

「あ、いえ……」


そんな事言われたことがない。

言われたことがないから、私の頬がかあっと熱くなる。

嫌味を言われるよりも、恥ずかしい。

あれ?もしかして嫌味だった?

いやいや……そんな事はない?かな?


でもこれじゃあ、思うように食べられない。


美味しいのに。

美味しいのに。


私は初めて「食事も喉を通らない」を体験する羽目になってしまった。


「さて、申し訳ないが、少し用事を思い出してしまった。今日はここで失礼するよ」


ディオンルーク様がさっと、立ち上がる。

私達もそれに合わせて立ち上がった。


「代わりに明日、またお茶をしよう」


にこっと爽やかな笑顔を浮かべたディオンルーク様に、皆が淑女の礼を執る。


彼は颯爽と立ち去って行き。

私は安心してお菓子に手を伸ばした。


「何なのよ、貴女……」


ハンナ嬢がワナワナと震えて睨み付けてくる。


手にお菓子を持ったまま、私はそれを見上げた。


「え?このお菓子、食べてはいけなかったのですか?」


「お菓子じゃないわよ!!」


お菓子じゃないのか。

じゃあいいか。

私は怒られながらも、お菓子を口に入れた。

美味しい。


「食べてるんじゃないわよ!!」


あ、食べるのは駄目なのか。

私はとりあえず、お菓子を自分のお皿に確保して、怒れるハンナ嬢を見上げた。


「少し、お静まりなさい。きっと訳が分かっていないわ」


マリエ様が冷静な声でハンナ嬢を嗜め、ハンナ嬢はキッと私を見つめた。


「貴女が黙っていたせいで、わたくし達が恥をかいたじゃないの!」

「そうよ!」


ハンナ嬢に続いてリーディエ嬢が強く同意した。

甘く残る口の中のお菓子を飲み込んで、私は首を傾げる。


「黙っていた?」

「その首飾りが、侯爵夫人から拝借した物だって事をよ!」


激高したハンナ嬢が私の首元をびしりと指さした。

目を吊り上げて、頬を紅潮させているけれど、それでもハンナ嬢は美しい。


美人て得よね……ああ、いけない、いけない。

そういう話じゃなかったわ。


私は、ほんの少し息を吸い込み考えを吐き出す。


「では罵られた宝飾品を、侯爵夫人の物だと申し出たとして、侯爵夫人の嗜好を貶めた事になりませんか?わたくしの事はどう思われても言われても構いませんけれど、侯爵夫人の名誉を穢すような事をしたくはございませんの。自分が罵られ、その自分を守るために、尊き御名を盾に使えと仰いますの?」


二人は驚きに目を見開いた。

今までそうやって、何かしらの権力を振り翳してきたのだろう。

それを使わないと言われたのは初めてだったのかもしれない。


「……は?何も、そんな事は……」

「ディオンルーク様がお気づきにならなければ、口に出すことはありませんでした。わたくしは別に誰かを貶めたいとは思っていませんから」


口篭もったハンナ嬢に、私は自分の気持ちを伝える。

だって、誰かが次期侯爵夫人になるかもしれないし、私はそもそも庶民で平民で、貴族に逆らえる立場じゃない。


「……でもそうなったじゃないっ」


そこまで私の所為にされても。

リーディエ嬢の文句に、私はため息を吐く。


「わたくしが貴女から贈り物を頂いたとして、わたくしが受け取らなかったらどうなりますか?」


激高していた二人はきょとんとその言葉に疑問符を浮かべる。

代わりにモニカ嬢が答えた。


「お二人に戻されますね」

「そうです。悪意や悪口もそうです。受け取らなければ、持ち主に返る、それだけの事でございます。わたくしの行動に悪意は無かったとわたくしは分かっていますが、貴女がたが他人の持ち物を貶すという行為はどうでしょうか?」


二人は黙り込む。

他者を笑い者にしたのは事実。

その持ち物が、他人の物だったとしても、やった事は変わらない。

そして、それは、貴族社会では当たり前、と言われてきたのだろうか?

他人と比べ、自分の方が優位だと力を見せつけるのは大事な事だが、それは相手を貶める事で示すものではないと思う。

だが、私には貴族として生きてきた経験はないので、自分なりの見解を伝えた。


「貴族ではありませんでしたが、わたくしは商いに携わって参りました。他人を蔑んだり貶めたりする事で、人は離れていきますし、敵も作ります。それは商売をする上で邪魔にしかなりません。出来るだけより良い関係を作るのが、わたくしは最善だと思っておりますの」


それから、早く紅茶が飲みたいし、お菓子も食べたい。

だって、調理場の皆様が心を込めて、作って下さったんですよ。

美味しいし。


私がちらちらとお菓子に目を向けるのを見てか、レオナ様が笑いを滲ませた声で言った。


「もう良いでしょう。お互いの言い分は伝わりましたから、お茶を頂いて解散致しましょう」


「はい」


意気消沈した二人は、敵意ある眼差しは向けるものの、レオナ様の言葉に従って渋々と席に着いた。

遠慮なく私もお菓子に手を伸ばす。


やっぱり、美味しい。


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