第11話 侯爵令息と花嫁候補達のお茶会
そのまま家令に伴われて、庭のお茶会が開かれる場所へと急ぐ。
私以外の令嬢方は、もう既に席に着いていた。
あああ。
また遅刻。
「まだ若様はいらしていないので、大丈夫でございます」
私の絶望的な顔を見て、横から家令が口添えしてくれて、椅子を引いてくれたので腰かける。
そして、くすくすと笑う声。
「随分時間をかけたのに、朝と同じドレスなのね?」
ハンナ嬢が愉しそうに嗤う。
追従するようにリーディエ嬢も嘲笑った。
「どこに時間をかけたのかしら?分からないわあ」
でしょうね……。
見た目には一切時間を使っていなかったもので……。
「……その宝飾品は朝と違いますけれど、随分立派なお品ですのね?」
嫌味な二人の声と違い、不思議そうに問いかけるモニカ嬢の声に、ハッとレオナ様とマリエ様が私に注目した。
ハンナ嬢とリーディエ嬢は、言われて気づいたのか、まじまじと私の宝飾品を見つめるが、暫くして笑いだす。
「大きさも然程でもないし、随分、地味じゃなくて?」
「モニカ嬢は褒め過ぎですわ。意匠だって年代物じゃございません?」
そう笑っている二人の声を掻き消すかのように、涼やかな低音が混じった。
「お集まり頂いて申し訳ない。嫁探しは母の大事な楽しみでね。私はまだ良いと言っているんだが……よくいらしてくださいました。私はディオンルーク」
ささっと全員が立ち上がって、公爵令嬢であるレオナ様から順に挨拶が始まる。
ディオンルーク様は銀の髪に、薄い青の瞳で、ともすれば冷たい色に見える容姿なのに、優し気な美貌の令息だ。
年齢は二十を過ぎたばかりで、ここに集められた令嬢は私と同年代の十五から十七といったところだろう。
一通り、挨拶が終わった後、全員が席に着くと、ディオンルーク様が問いかけた。
「先ほどは随分楽しそうだったが、何を笑っていたんだい?」
そうすると、ハンナ嬢とリーディエ嬢が、目を見交わしながら押し殺した笑みを浮かべて、最後に私に視線を向ける。
「アリーナ嬢の宝飾品が慎ましくて、歴史のありそうなお品だというお話でしたの」
そうですね。
地味で、年代物と笑ってましたからね。
貴族特有の迂遠な嫌味と下卑た嗤いに、令嬢達は様々な反応だ。
くすくすとまた笑い合う二人と、不思議そうなモニカ嬢と、冷たい眼差しのレオナ様とマリエ様。
温度差に風邪を引きそうな気持ちになるが、私は微笑みを浮かべた。
わざわざ侯爵夫人から借りたと教えてあげる事もないし、侯爵夫人の趣味を穢されるのも嫌だった。
だが、優しい目を私に向けたディオンルーク様が、真顔になりじっと私の首飾りを注視する。
「ん?その首飾りに見覚えがあるな……まさか母上が?」
「あ、はい。……お借り致しました」
バラされた!!
嗤っていた二人の顔が面白いように引きつって、青くなる。
不思議そうな顔をしたモニカ嬢は納得したように二度頷いた。
レオナ様とマリエ様はぴりっと怒りにも似たオーラを放っている。
「ふむ、そうか……」
何かを考え込むようなディオンルーク様に、ハンナ嬢が慌てて言い繕った。
「それに、彼女、とても面白いんですの。昨日の晩餐でお魚をみっつもお召し上がりになったのよ」
「もと平民でしたっけ?おうちが貧しくていらっしゃるのね」
リーディエ嬢もその言葉に続けて言うが、若干その言葉は直球過ぎやしませんかね?
もう少し遠回しな言い方をしないと。
「魚が好きなのかい?」
ディオンルーク様は気にしたふうもなく、優しい笑顔に戻って私に問いかけてきたので、頷き返す。
「王都の民はお魚を口にできる機会は多くございませんので」
「それは、どうしてだろうか?」
そうか。
普段から食べ慣れているから、貴族は知らないのか。
私は少し驚いて、それから説明を始める。
「王都の近くには海も湖もございませんでしょう?一番近くても五日ほど。近くに流れている川も水質汚染で食べられる魚は獲れませんし、人が泳ぐことも出来ません」
「……水質汚染……」
その言葉にディオンルーク様が僅かに眉を顰めた。
モニカ嬢が、かすかに頷いて賛同する。
「そうでしたのね。だから、貴族の食卓にしか上らない、と」
「ええ。でもそれは、高価だからという事だけではなく、そもそも出回る数が少ないのです。鮮度が落ちないように、生きたまま運んで、生け簀で飼育して販売するか、干物などに加工するかなのですが、後者は料理には向きません。保存が出来る分、焼いて食べるくらいしか調理法がないので、主に庶民が口にするのはそちらです」
私の説明に、レオナ様とマリエ様は黙して耳を傾け、モニカ嬢は大きく頷いた。
ハンナ嬢とリーディエ嬢は、話が違う方に流れて、何とも言えない困惑に満ちた表情をしている。
「すまないが、話を戻して良いか?何故水質汚染がおきているか、原因は分かるか?」
ディオンルーク様の口調が、柔らかいものから厳しい物に変わっている。
何か問題があるのだろうか?
私は戸惑いながらも頷いた。
「まずは、王都の人口が増えたことによる生活排水や下水ですわ。そして、商業と工業による排水をそのまま川に流しているせいかと思われます。数年前、川から異臭がすると市民が訴えて、少しだけ改善されたという事はありましたが、大幅には改善されなかったようですね」
「……そうか。ふむ、興味深い話を有難う」
私の言葉に考え込みながらも、ディオンルーク様は微笑みを戻して礼の言葉を口にする。
だけど、これは会話の方向としてはきっと正しくない。
「いえ、お茶会でする話ではなかった様に思われますが、質問にうまく答えられずに申し訳ございません」
「いや、聞いた私の責任だ。君の返答は的確で分かり易かったよ」
レオナ様とマリエ様の目が冷たい。
すいません。
会話してるのほぼ私とディオンルーク様だけというのは、良くないのは分かるけど。
でも、質問されたのだから仕方ないと思う。
色々初心者なので広い心でお許し頂きたいです。
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