第7話 花嫁候補達の晩餐

晩餐は壮観だった。

煌びやかに飾られた重厚な晩餐室もそうだが、何より集っているのが美女達だ。

侯爵夫人を始め、公爵令嬢が一人に侯爵令嬢一人に伯爵令嬢が私を含めて四人。

それぞれに似合いの美しいドレスに身を包んでいる。

私のドレスは時代遅れではないものの、出来合いの既製品だ。

宝飾品も質素で、余計な飾りも少ない。

値踏みするように見て、ハンナ嬢とリーディエ嬢がくすくすと笑い合う。

もう一人モニカ嬢と思われる茶色の髪を切りそろえた美人は、逆に眉を顰めた。

レオナ様とマリエ様は一瞥しただけで、後は視線を寄越さなかった。

態度の違いが面白い。

私は一番下座に座り、晩餐が始まる。


本で読み、伯爵家でならった晩餐会とは違う。

晩餐会とは外から客を迎え入れて催されるものだ。

これは単なる内輪の夕飯である。


食事が始まると、侯爵夫人がワイングラスを食器で軽く叩いた。

硬質な音が響き、皆が食べる手を止めたので、私もそれに従う。


「本日はお集まり頂いて有難う。事前にお知らせはしたけれど、大仰になってしまって申し訳ないことね。でも息子に任せていても何時までもお相手を見つけられないものだから」


そこで区切って、侯爵夫人は全員をゆっくり見回す。


「一度目の会では誰も残らなかったけれど、皆さんの中で誰かは残って貰えると期待します」


そう言って最後に私に視線を注いだ。

相変わらずその視線には優しさが込められていて。

レオナとモニカが怪訝そうにこちらに視線を投げたが、私は侯爵夫人を見たまま少しだけ頷いた。


ハッとしたように、レオナ様が緊張した声で言う。


「エレクトラ様の御期待に沿えるよう、精進して参ります」


「楽しみにしているわ。そうそう、明日は息子にもお茶会に参加するよう言ってあるの。昼餉を終えたら、お茶までの間は休憩時間と致しましょう」


皆頭を下げるけど。

はて?

普通はお茶の時間が休憩ではなかろうか?

私は多分、不思議そうな顔をしていたのだろう。

侯爵夫人が、私に目を留めてふと微笑みの形に唇を彩る。


エレクトラ様、とレオナ様が言っていた。

最近まで読んでいた貴族名鑑が頭に浮かぶ。


侯爵家の嫁取りに、何故こんな大袈裟なお見合いがあるのか?

生粋の貴族ならすぐに気になるところかもしれない。

参加者が少ないのは、貴族は婚約者を幼い内に持つ事もあるからだろう。

でも普通は家同士、一対一でするものだ。

こうした集団見合いは、王族くらいしか……。


王族、エレクトラ……。

私は漸く気が付いた。

侯爵夫人のエレクトラ様は降嫁された元王女様だ。

という事は、現在の王妹である。

なるほど。

それは不興を買いたくない訳だ。

伯爵夫人が注意をしたのも、伯爵が縁づきたいのも漸く理解した。

無理だと思うけど。

それでも貴重な本を読んで、上位貴族様や侯爵夫人の不興を買わなければ問題ない。


私は頷いてご飯を食べ始めた。


何これ、おいっし……!

肉とは全然違うふわふわの身に、私の舌が驚いた。

無作法にならない程度に夢中で食べ終える。

付け合わせのお野菜も美味しかったが、多分あれは魚だ。

生まれてからこのかた、数度しかお目にかかった事は無い。

気が付くと、私の隣に給仕の従僕が銀のトレイを持って待っている。

その上には今食べたばかりの魚が載せられていた。

貰っていいものかと迷っていると、優しい声がする。

侯爵夫人が優し気な笑みを浮かべていた。


「我が家の料理を気に入ってくれたようね?嬉しいわ」


「ええ、物凄く美味しいです!」


私は思わず正直に答えてしまった。

そして多分侯爵夫人に合図をされて、持ってきてくれたそのお皿からお魚を取り分ける。

折角なので二つお皿にお引越しさせた。

誰かに何か嫌味を言われるだろうけど、別にいいか、と思ったのだ。

案の定、他の令嬢は目を瞠っているけれど。

美味しい!

私は遠慮なくそれらを胃に収めたのである。


「た、沢山お食べになりますのね……」


驚いたように恐る恐るモニカ嬢がそう言うので、私はにっこり微笑んだ。


「ええ。とても美味しかったので、戴いてしまいました」


本当に美味しかったので、何なら三日くらい続けて食べても良いくらいだ。

淡白な白い魚の身はふわふわに柔らかく、染み込んだ野菜と香辛料とバターの香りが豊潤で、思い出すだけで幸せになる。

私を見つめていた侯爵夫人も笑顔だ。


きっと亡くされた方を重ねていらっしゃるのね。

もし。

もしも、候補として残れなくても、このお屋敷で働かせて貰えるかしら?


ふと、私は考えた。

侯爵夫人の為人はまだ分からないけれど、お慰めになるならそれもいいな、と私は思う。

誰だって愛しい相手を喪うのは辛い。

というか、嫁としては残れないのはほぼ確定なので、それが良いかもしれない。

別に下働きでも良いし……住み込みなら住む場所もあるものね!


だったら、明日から、ここでも働かせて貰おうかしら!


私は勝手にふんす、と頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る