第6話 侯爵夫人の涙の理由

「お初にお目にかかります。リーマス伯爵家が次女、アリーナでございます」

「わたくしは、ロンネフェルト公爵家が次女、レオナ。こちらがハンナ・ヴィヴァーチェ伯爵令嬢、こちらはリーディエ・ヴァルス伯爵令嬢。此処にはいらっしゃらないけれど、あと二人。マリエ・ジュスト侯爵令嬢と、モニカ・マルチャ伯爵令嬢で全員ですわ」

「ご紹介頂きまして、有難う存じます」


再び、膝を屈めて挨拶をして、改めて頭の中で反芻する。

ロンネフェルト公爵家は帝国と関わりの深い家柄で、領地も帝国に面した場所にある。

成り立ち自体も古く、戦争が盛んだった頃に和平として輿入れした帝国の姫が生んだ王子の一人が公爵となったのが始まりだという。

黒髪も帝国の王室の色だ。

中々町では見かけない色に、思わず釘付けになってしまう。


「何かしら?」

「申し訳ありません。とても美しい髪色なので見惚れておりました」

「………そう」


突然聞かれてつい、本音が口からぽろりしてしまった。

面食らったようにそれだけ言って、レオナ様は口を噤んでしまったので、私が言葉を続ける。


「ところで、この別館には図書室はございますか?」

「いいえ、無いと思うわ」


レオナ様が少し考えて答える。

残念。


「左様でございますか。では本館へ行ってみようと思います。失礼致しますね」


特に止められはしなかったが、ハンナ嬢とリーディエ嬢は口こそ開けてはいなかったが、驚いたような顔で私を見送る。

集まっていても、貴族同士の自慢話などには相槌を打つくらいしか出来ない。

それならば、侯爵家でしか読めない本を読みたい。

どうせ、期間満了になれば放流される身だ。

彼女達ともここにいる間しか交流はないし、と思えば気も楽である。

元来た道を戻るように、階段を軽やかに降りて、渡り廊下を本館へと向かう。


本館で働く小間使いを一人捕まえて、図書室の場所を聞くことにした。


「お仕事中申し訳ないのだけれど」


声をかけると、まあまあ年若い女性で、やはり私の顔を見て驚く。


何なんだろう?

この、何とも言えない反応ときたら。


「あの、何か、私の顔が変ですか?」


聞いてみる事にしたのだが、女性は慌てたように首をブンブンと横に振った。


「い、いえ、決して!そ、そういう訳ではないです!」

「そ、そう……あの、図書室の場所を知りたいのだけど」


凄い勢いで否定されて、それ以上聞くのは憚られたので、元々の用件について聞いてみた。

すると、ふと思い浮かべたように、答える。


「あ、でも図書室は今……」


「私がご案内いたします」


誰かの使用中かな?と思ったところで、家令が割り込んできた。


え?いいの?


私は驚いて家令を見ると、今度は彼は優しい顔で微笑んだ。


「じゃあ、お願いします」

「はい。ではこちらに」


姿勢の良い背中を見ながら、図書室へと淀みなく歩いて行く。

途中で出会った使用人は、律儀に頭を下げるので、店で働いていた私はつい反射的に頭を下げそうになってしまう。

何とかその衝動を堪えつつ、図書室へと付いて行った。


「奥様、お客様が図書室をご利用されたいと」

「まあそう、そんな奇特な……」


言いながら本に目を落としていた女性が顔を上げると、私を見て驚いたように口を手で覆った。


「そんな、まさか……アデリーナ……!」


うん?

アデリーナ……?


ふるふると震えるのは奥様と呼ばれていたので侯爵夫人である。

銀の髪を結いあげて纏め、紫の切れ長の瞳は涙で潤んでいた。

壮年の美しい女性だ。


「あの……わたくしの名はアリーナと申します……が……」

「まあ……名前まで似ているのね……」


誰に似ているんだろう?

泣いているという事はきっと故人よね?

娘さん……?

幼い頃に亡くなってしまったから、伯爵家で説明されなかったのかしら?

聞いた話だと、一人息子のディオンルーク様しかいないはずなんだけど。


私が戸惑っていると、涙を堪えて、それでも侯爵夫人は優しい目線を注いでくる。

ふと、そのまま微笑まれて、私はどうして良いか分からなくなった。


「ふふ。そういう顔もそっくりね。ああ、御免なさい。本を読みに来たのだったかしら?」

「はい。書架を見ても構いませんか?」

「ええ、どうぞ」


厳しい侯爵夫人。

のはずなのに。

とても柔らかい態度だし、優しい。

この人がどう豹変するのかしら?


分からないけれど、許可を貰えたので私は遠慮なく本の森へと分け入った。

ずらりと、重厚な本棚に整理して並べられた本。

歴史ある名家の書架だけあって、古そうな本も沢山置いてある。

図書館にありそうな本は除外して、この家ならではの本がないかと見ていく。

いつの間にか時間が経っていて、私は声をかけられてやっと我に返った。


「アリーナ様、そろそろお時間でございます。晩餐のご用意を」

「あ、はい。遅くなって申し訳なかったです」


私は手に郷土史と領地の特産に関した本を持っていたので、それを借りることにした。

わざわざ呼びに来てくれた家令に、ふと、気になっていた質問をぶつけてみる。


「あの……アデリーナ様という方は、もうお亡くなりになられているのですか?」

「……その通りにございます」


ああ、やっぱりか。

でも余計にもうこれ以上は踏み込めないし、聞けないな、と判断して私は頷く。

目の前の家令は、悲しそうな、辛そうな顔をしたから。

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