第5話 侯爵家の花嫁候補達

その後の日課は変わらず、朝は早くから下女として働き、午前中はダンスと淑女教育。

午後は座学というか自習に、伯爵家の領地の仕事のお手伝い。

伯爵夫人の気遣いと教育を兼ねて、執務の途中でお茶会の練習もして貰った。


「ねえ、叔父様。この書類、少しおかしいですわ」

「うん?見せてみろ」


領地から上がってきた書類と、国に提出した書類の二つの書類に差異が合ったのだ。

最近の仕事は順調に片付いたので、過去の帳簿などを見ていた時に気が付いた。

国に出した補助金の額と、伯爵家に報告した額が、一桁違う。


「単純な間違いだろう……」

「であれば構いませんが、一桁違うと大分変わりますわ。9万リーブルものお金が宙に浮いたことになります」

「それは……」


伯爵は絶句して、顔を顰めた。

という事は、不正に関わってないらしい、と私は判断する。

ついでに当時の他の書類を計算し直した物を見せると、明らかに伯爵の顔色が変わった。


「国に提出した額は10倍という事は、そちらが正しいとして。領地に使われたのは一桁少ない金額だというのはこちらの書類を計算した物とも一致します。そもそも国に虚偽の報告をしてその分の金額を手に入れていたら、国家に対する詐欺行為になりますわ」

「………何て事だ」


手を額に当てて、伯爵は呻いた。

自分で言っておいて何だがこれは、結構な問題だ。

秘密裏に、迅速に処理しないとまずいことになってしまう。

伯爵家が詐欺行為で没落したら。

生家がそんな事になったという事で、父にも父が盛り立てた商会にも計り知れない余波があるだろう。

是非ともそれは避けたい。


「査察などあまりあるものではないかもしれませんが、調べられたら終わりです。即刻、当時この書類を発行した者を取り押さえて調べ、差額を返上しないといけません」

「う、うむ。分かった。すぐに対応しよう。良くやった、アリーナ」

「いえ、お力になれましたなら幸いです」


その日は伯爵と文官達が忙しく立ち回り、結局手紙を出すよりも早いと伯爵自身が領地へと赴くことになった。

心配に思いつつも、私にできる事は無かったので、伯爵夫人の点検を受けながらの晩餐を終え、一日を終える。

数日後、伯爵不在のまま私は侯爵家へと生活の場を移した。

見送ってくれたのは使用人達と伯爵夫人だ。


「侯爵夫人のご不興は絶対に買わないように」

「はい、承知しております」


それが別れの挨拶だった。

思い返してみれば伯爵夫人は厳しくても嫌な人ではない。

こちらを見下さず、されど甘やかさず。

義理の母というより、最初から最後まで教師という立ち位置だった気がする。



伯爵家の馬車に揺られて向かった侯爵家は、庭も広く、屋敷も古めかしい。

侍女を一人連れて、という事だったので、そのままロンナを侍女として伴っている。

同じ王都だし、住み込みなので問題ないと事前に確認済だ。

石造りの玄関に降り立ち、家令の挨拶を受けていたが、彼がとても妙な反応をした。


何で私そんなに見られているの?


馬鹿にするという訳ではなく、驚きのあまり固まったようにじっと見つめて、それから挨拶を始めたのだ。

その間もちらちらと、何だか視線を向けられて、居心地が悪い。

かと言って敵意がある訳でもなく、蔑んでいる訳でもない。

何かとても気になる、という感じだろうか。

侍女も似たような反応をした、ハッ!と驚いたように固まる。

だが、侍女はすぐに持ち直して、丁寧に案内を始めた。


屋根が付いた渡り廊下を進んだ先に、本館とは別の離れがある。

古めかしい本館とは違い、別館は木造の淡い色調の建物で、まだ新しく見えた。

その別館の一室、二階の角部屋を与えられて、荷解きをする。

私個人の荷物は鞄に一つだが、伯爵家に持たされた荷物は多すぎて運べず、侯爵家の従僕が次々に運び入れてくれた。


「有難う、ご苦労様」


私が声をかけると、少し驚いてからぺこりと頭を下げて部屋を退出して行った。

早速ロンナは鞄から洋服を取り出しては、箪笥へと詰めていく。


「少し外を歩いてくるわね」


ロンナの後ろ姿に声をかけて、私は部屋を出る。


「貴女が最後の一人ね、新人さん」


くすくすと笑いさざめく声と共に、冷たい声がかけられて、私は足を止めた。

部屋に入る所を見ていたのだろう。

腕を組んで仁王立ちしている金髪に青い瞳の美人が私と目を合わせると大袈裟に笑った。


「なあんだ、敵にもならなそうね」

「そんな事、仰っては可哀そうでしてよ、ハンナ様」


嗜めるように言いながらもくすくす笑うのは、同じく金の髪に灰色の瞳の美少女だ。

可哀そうと言いながら、他人を見下して笑うのは一緒で。

それを冷たい声で遮ったのは更に奥に居た女性だった。


「貴女達、煩くてよ」


黒髪に灰色の瞳の、冷たい美貌の女性。

ハンナと呼ばれた意地悪金髪1号が、その女性にやわりと膝を折って礼をする。


「申し訳ありませんでした。ロンネフェルト公爵令嬢」

「お騒がせ致しました」


悪びれず笑みを浮かべたままのハンナ嬢に合わせて、意地悪金髪2号も膝を折って挨拶する。

私も同じように挨拶をした。


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