第2話 母の言葉はいつも棘だらけ

「どうあっても縁を繋ぎたいのだ。兄上だって商会の為にもなるだろう?」

「だが、ミリーはもう婚約している」


そう。

ミリーはローガンとあの後本当に婚約したのだ。

明るい好青年で、身体も大きく大らかな男性だった。

私の容姿を見下す事なく接したのも、多分ミリーにとっては重要な点だっただろう。

過去にそれが理由で何度か喧嘩別れしているのだ。

「私の家族を悪く言う奴なんて大嫌い」

と。


だが、叔父は納得せずに食い下がる。


「相手は平民だろう?侯爵家の方が良い嫁ぎ先なのは確かだ!」

「だったらサリーを嫁がせればいいじゃない」


私が言えば、叔父は目を剥いて唇を噛んだ。


ええ、失敗してますものね。

でもその尻拭いをどうしてこちらに押し付けるのかしら?


「とにかく、私は嫌よ。平民だろうと貴族だろうと関係ない。嫌って言ったら嫌。サリーが駄目なら叔父さんが女装してお嫁に行けばいいんじゃない?」


暴論だが思わず私はくすっと笑ってしまった。

叔父も、それには流石に眉を顰めた、が、何事か考え込んで私を見る。


あ、嫌な予感。


「それならアリーナでも良い。なに、教育を耐えきれば侯爵夫人になれるのだ。私が女装するよりはマシだろう」


何それ、嬉しくない。

同じ立ち位置に並べられて、嬉しくないどころか苦痛なんだけど。

でも、教育が気になってしまう。

それに、貴族の生態も間近で見れるのだ。


「失敗したら養女からも解放して貰えるなら、試しに行っても良いですけど」

「おお、そうか!それなら話は早い」

「でもその分のお給金は下さいね。私の代わりに従業員を増やすので」

「……むむう。しっかりした娘だな。分かった」


父と母と妹は目を丸くしたけど、妹はすぐに笑顔になった。


「頑張ってねアリー。面白い事があったら教えて!」

「いいわよ、ミリー」


上機嫌になった叔父を送り出して、ずっと黙っていた母がぽつりと言った。


「でもねえ、アリーには無理じゃないかしら。だって、ほら、見た目が、ねぇ?」


申し訳なさそうに、棘だらけの言葉を口にする。

いつだってそうだ。

母が一番、妹と私を差別してくる。

悪気はないと知っている。

心配しているのだと、分かっているけれど。


「何でよ?向こうの条件は教育なんだから、分からないでしょ」


私を庇う妹の言葉にも、母はおっとりと悲し気に微笑んだ。


「だって、貴族なんて見た目が大事でしょう?社交界なんてものもあるんだから。笑い者にされて傷つくだけよ?」

「そうね。でもそれなら今までもずっとされてきてるから、大丈夫」


大丈夫、というのは嘘だ。

嘘だけど、大して変わらないじゃない。

市井に居たって、容姿が劣っていることは揺らぎようのない事実で。

愛嬌がある、と言われるだけマシな容姿なのだと割り切っている。

ねえ、さっきの人見た?ってくすくす振り向かれるのなんて日常茶飯事だもの。

その度に心に棘はささるけれど、それで泣くほど私は弱くない。

弱かったら生きてさえこれなかった。

ミリーがそんな私を気遣って、私を抱きしめる。


「でも嫌な事されたら言って。私が文句言いに行ってやるから」

「大丈夫よ。自分で何とかする」


妹が居たからだ。

私が歪まずにいられたのは。

母を憎まずにいられたのは。

そして公平な父が居たから。

私と妹が喧嘩した時も、母は常に妹の肩を持つけれど、父がきちんと公平に判断してくれるから、漸く均衡が保てていた。

母は感情で物を言うけれど、父の決定には絶対に逆らわない。

それは父が正しいからだ。


そうなの。

分かってる。

母は私を子供として娘として愛していない訳じゃない。

だけど、見下してはいるのよ。

決して連れ歩きたくないと、線引きしている。

私とミリーを一緒に連れていく事はあっても、私だけを連れていく事は決してない。

何処かへ行こうと誘っても、やんわり断られて。

後日ミリーと行ったと言われることもしばしばあったものだ。

それがどれだけ傷つく事か、きっと分かっていない。


一度だけ。

ミリーにそれを話したことがある。

何故そんな話になったのか分からないけれど。

でも、ミリーは真摯な瞳で力強く言った。


「そんな事はないと思うけど。それが本当なら私は軽蔑する」


その後暫くして、一度だけ母から出かける誘いを受けたことがある。

でも、私は適当な理由を付けて断ってしまった。

今更、どんな顔をして一緒に歩けば良いか分からなかったのだ。

お互いの為に良いとは思えなかった。

嫌いあってはいないけれど、離れた方が良いって関係なんだと思う。


ここで環境を変える事で、きっと少しは何か変わるかもしれない。

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