侯爵夫人の嫁探し~不細工な平民でもお嫁に行けますか?

ひよこ1号

第1話 アリーナの生活

奇跡なんて、起きない。

不細工は美女にはなれないのだ。

私は読んでいた本をぱたりと閉じた。

大体、女性主人公ヒロインなんて、地味だとか目立たないとか普通だとか最初に言ってる癖に、磨いたら綺麗だったとか、化粧したら別人のように美しくなったとか。


結局元が良いんだから、最初から美しいって書きなさいよね。


図書館で借りた本だから、汚れないように鞄にしまう。

そろそろ休憩も終わりにして、お店を手伝いに行かないと。


私はラーソン商会の長女で、アリーナという。

残念な事に美しくない。

それどころか、醜い寄りだと思う。

髪も少しくすんだ亜麻色で、瞳も深い藍色と地味な色合いだ。

幼い頃は若い頃の父に似ているとも言われたけれど。

父は伯爵家の長男だったが、弟がどうしても家督を継ぎたいとごり押しした為に、商家の娘である母と結婚して市井に下ったのだ。

そしてその母は明るく華やかで美しい。

母を見て叔父が、やはり立場を交換しようなどと言い出すくらいには。

勿論そんな事は通らずに、父が貴族籍を抜けて平民となって母の受け継いだ商会を大きくしてきた。


「アリー、もう休憩上がるの?」

「うん。ミリーも休憩しておいで」


妹のミリー、ミリオネアは母に似た華やかな美少女だ。

母譲りのキラキラした明るい金髪に、若葉の様な輝く緑色の瞳は男女を問わず人々を魅了する。

ラーソン商会は、母と妹の美人母娘の人気で大きくなったと言われても納得の美しさだ。

人あしらいもうまく、接客も丁寧なのだから、言う事はない。

だから、二人を目当てに通うお客様も多い。


「なあんだ、お前しかいないのかよ」


商品の補充をしたり陳列を直したり、お客様に販売をしたりと忙しくしていると、そんな声がかけられた。


いや、他の店員もいますけど?


彼は男爵令息のマックスだ。

茶色の髪に青い目をした、爽やか青年だが、口は良くない。

私は改めて店を見回して、仕事がないかと目を配る。


「おい、無視かよ」

「見て分かるでしょ?誰を目当てにしてるのか知らないけど、私と店員さん達しかいないわよ」


ため息混じりに言われた言葉に、半眼でそう返す。


見て分かることをいちいち答えさせられるのは面倒なんだけど。


「おばさんは?」

「商業ギルドの会議に行ってるわ。ミリーは休憩だから、もうすぐ戻るけど、それまで別の所で時間潰してくれば?」

「いや、別に俺は……」

「はあい、ただいま」


お客様に呼ばれて私は、マックスの側から離れて対応する。

暫くすると、ミリーも休憩から戻ってきた。

私はおかえり、と言いながら、ミリーへと預かった幾つかの物を渡す。

花束だったり、お菓子だったり。

彼女への贈り物は後を絶たないのだ。


「ありがとう。忙しかった?」

「まあまあよ。いつも通り。あっ、とそれからマックスがミリーを待ってるわよ」

「はぁ?私あいつ嫌いなんだけど。何の用かしら」


ミリーは贈り物を奥へと運んでから、マックスの元へ歩き出す。

私はその背中を見送って、仕事へと戻った。

仕事終わりに、ミリーが小さなお菓子の箱を私に手渡す。


「はい。マックスから」

「え?ミリーのじゃないの?」

「二人で食べてって言ってたけど多分……、まぁいいや。それより大事な話があるから来て、アリー」


途中で言葉を濁しつつも、ミリーがとても綺麗な笑顔で私の手を引いた。

連れて行かれたのは、店に併設された住居の方で、台所の食卓に二人で座る。


「私ね、ローガンと結婚することにしたの」

「そうなの?今回は大丈夫?」

「うん!」


今回は、と聞いたのには訳がある。

ミリーは大変モテるのだが、恋のお相手もまた多い。

付き合っては別れ、付き合っては別れている。

付き合ってなくても、彼女の為に色々してくれる男性も多い。

かと言ってよくある物語のように、女性達と険悪になる事もなく友人も多い。

私も特にミリーの奔放さを嫌ったりはしていない。

彼女は別に誰かの相手を奪う訳でもないし、自由恋愛を楽しんでいるだけだ。

中には良く思わない人もいるだろうけれど、独身の男女が恋愛して別れるなんてよくある事。

殺傷沙汰にならない事を祈るのみだ。

そして、相手がミリーを幸せにしてくれる人であるように私も願っている。


暫く平和に日々が続き、転機が訪れた。

何と、叔父であるリーマス伯爵家から、養女にという話が降って沸いたのだ。

勿論向こうの目当ては美少女のミリーである。

苦虫を噛み潰したような顔で、父が手紙を握りしめて帰宅した。


「え?私行かないよ、そんなの」


即答したのはミリーだ。

手紙に書かれていた内容は、リーマス伯爵家の養女になって、ファルネス侯爵家に嫁いで欲しいという事だった。


「だって、ローガンと結婚するんだもの」


「そうだな、では断っておく」

「アリーが行けばいいんじゃない?」

「嫌よ。望まれてもいないのにしゃしゃり出るのは」


向こうだって迷惑だろう。

でも、気になる事はある。


「叔父様にも娘はいるじゃない。従姉のほら、サリー。彼女が嫁げばいいんじゃないの?ファルネス侯爵家って名家なんでしょう?」


市井に入ってくる貴族の情報なんて、新聞や噂話程度だが、それでも悪い噂は聞いたことがない。

私の問いかけに父が首を横に振った。


「失敗したそうだ。侯爵家に嫁ぎたい人間が多いので、侯爵夫人が厳しい教育を課すらしくてな。サリーは途中で逃げ出したとか」

「へえ……それは面白そうだけど」


本を読むのは好きだから、教育には興味がある。

けれど、結婚相手という事は礼儀作法や行儀、見た目だって重視されるだろう。


「まあいい、断っておくから、二人とも気にしなくていい」


分かった、と頷き合った数日後、手紙の返答に納得いかなかったのか、当の叔父がやって来た。

両親と妹と私で、出迎える。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る