第41話 クロ子と明の魔界修行
食器やらテントやらを3人が分担して片付けていると、たぬっさんが申し訳なさそうな表情を浮かべてテーブルを畳んでいた明の側に寄ってきた。
(あの、私も何かお手伝いを……)
「たぬっさんはお客様なんだから、そこでちょっとだけ待ってて。すぐに終わるから」
手持ち無沙汰なたぬっさんはレミアやクロ子の所にも行ってみるものの、やっぱり結果は同じ。トボトボとうつむきながら歩き、3人の作業が終わるのを待つ。そんな彼をあまり寂しがらせないようにと、レミア達はいつも以上に効率的に片付けを終わらせるのだった。
出発準備が出来たところで、地面に絵を描いて暇潰しをしているたぬっさんに明が声を掛ける。
「じゃあたぬっさん、案内お願い出来る?」
(任してください! 行きましょう!)
たぬっさんの案内で向かったのは、朝のキャンプ地から北東に5キロほど進んだ所。1人で歩いたらちょっとしんどいくらいの距離なものの、全員で楽しく雑談していたらあっと言う間だった。
お互いの好きなものの話が終わったタイミングで、明はトコトコ歩くたぬき魔獣の方に顔を向ける。
「たぬっさんはどんな魔法を使えるの?」
(私なんて大した事ないです。気にしないでください)
「それはオレも気になるな」
(クロ子さんまで? これは困りました)
2人からの圧に困りきったたぬっさんが視界を前方に向けると、どうやらそこが目的地だったようだ。とびっきりの笑顔を2人に見せ、その足を止めた。
(ここが私のオススメするちょっと怖い場所です。私より強い魔獣がウロウロしていますよ。それではここで失礼します)
「え、ちょ……」
たぬっさんはまるで誰かに追われているみたいに一目散にこの場から逃げ出した。それは能力を追求されるのが嫌だったのか、この場所の怖い魔獣に会いたくなかったのか……。
明とクロ子は、たぬっさんが嫌がっている事を聞こうとした事を反省する。
「たぬっさんには悪い事をしたかな」
「相手の気持を考えないと駄目だな」
「本当だよ。クロ子はもっと僕の事を考えてくれなきゃ」
「ああ? しっかり考えてるだろが!」
2人の間に火花が飛び散ったところで、何か強い気配が近付いてきた。クロ子は猫耳と尻尾を生やし、明は魔瘴剣を鞘から引き抜く。
「何か来たな」
「来たね……」
「クロは待機だ。明、まずは君が1人で対処してみろ」
「了解!」
明が身構えていると、現れたのは全長が2メートルほどのヒヒ系の魔獣。こいつは敵対する存在を確認したところで、手のひらで火の玉を作って投げ込んできた。ただ、威嚇なのかコントロールが悪いのか明には当たらず、周囲の地面にぶつかっては小さく爆発していく。
彼はその攻撃に全く動じずにタイミングを図り、剣を下から上に切り上げる。この時、刃先から瘴気の衝撃波が生まれ、それを避けなかったヒヒ魔獣を包みこんだ。
「グボオオ!」
瘴気に体を蝕まれたヒヒ魔獣は断末魔の叫び声を上げ、何も出来ずにその場に倒れ込む。一番の実力者が倒された事で、後方にいたコイツの仲間達はビビって逃げ出していった。
その騒がしい足音で、明は魔獣が集団で襲いに来ていた事に気付く。
「あ、仲間がいたんだ……」
「おめえ、気付いてなかったのかよ。数で押し切られなくて良かったな」
「いや、それならそれでやれてたと思う」
クロ子のツッコミに対し、明は魔瘴剣を見ながらつぶやく。そこには自信に満ち溢れた1人の剣士の姿があった。思った反応が得られず、黒髪少女は頬を膨らませる。彼が劇的な勝利を収めた事でその評判が広まったのか、それから魔獣が一切現れなくなった。
それから20分ほどの待機時間を経て、レミアは杖を手にすると地面に突き立てる。
「もう少し効率化しよう」
「魔獣を呼びよせるんすか?」
「次はクロ子がソロでやってみるかい?」
「まっかせてください! 瞬殺してやります!」
レミアが使ったのは、魔獣を呼び寄せるフェロモンを発生させる魔法。魔獣以外には無味無臭で、やがてその匂いを嗅ぎつけた魔獣が続々と集まってくる。その迫りくる強者の気配は、鈍感な明ですら敏感に感じ取れるほど。
そんな中、やる気満々のクロ子の前に現れたのは全長が3メートルほどの蜘蛛魔獣だった。全身が真っ黒で如何にも強そうだ。
「ヒィィッ! 蜘蛛は無理にゃー!」
「ええっ?」
現れたのが蜘蛛だと分かった瞬間、クロ子は大慌てでその場から逃げ出す。この意外な展開に明が動けないでいると、彼女が背後に回り込んできた。ブルブルと震えながら彼のズボンを握る。
「あ、明……。お願いにゃ。あいつを何とかしてくれにゃ」
「あ、うん」
蜘蛛魔獣はターゲットを少年剣士に切り替えて向かってくる。明は魔瘴剣を抜くと魔獣に向けて振りかぶった。
「てええええい!」
剣を振り下ろして瘴気の衝撃波を生み出そうとしたところで、蜘蛛魔獣が糸を吐き出す。その糸は明の腕を中心に縛り付け始めた。瞬く間にミイラ状態になり、彼の腕は完全に固定化される。
これではもう衝撃波は生み出せない。もう勝ち目はなくなったとクロ子は絶叫する。
「な、何やられてるにゃー!」
「う、動けないくらいがなんだーっ!」
明は剣を動かせない状態から瘴気を生成。スピードは出なかったものの、ふわふわと黒い霧が空気中を漂っていく。それが攻撃だと気付かなかった蜘蛛魔獣はそのまま明に向かって突進。瘴気の霧にダイレクトに突っ込み、途端に苦しみ始めた。
瘴気が糸を腐らせたので、明は拘束を無理やり引きちぎる。巨大蜘蛛は彼の目の前でひっくり返っていたので、そのまま剣を振り下ろした。
「とどめえーっ!」
力いっぱい斬りかかったものの魔瘴剣では蜘蛛の腹は裂けず、反動で彼は後方に弾かれる。ただ、この時に刃先から発生した瘴気によって蜘蛛は絶命した。
「かったいなあ……」
「いや、そもそもその剣、普通に切れ味が悪いんじゃ?」
「え? そうかな? そうかも……」
明は改めて魔瘴剣の刃先を見る。クロ子の指摘通り、その剣身は全く研がれているようには見えなかった。
何故そうなってしまったのか、彼はこの剣に詳しそうな大魔女に尋ねる。
「この剣、もしかして未完成?」
「ああ、瘴気を生み出す機能が邪魔をして、剣の形をした瘴気発生装置の段階で開発が中断してしまったんだ」
「瘴気が危険で誰も研げなかったんすね」
「だから剣としては失敗作なんだよ」
折角手に入れた専用武器がとんだ欠陥品だと分かり、明は落胆する。ただ、この剣が発生させる瘴気はどんな相手も速攻で倒せるので、十分チートと言えた。
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