第40話 たぬっさんとの再会
ドオンと言う大きな音と共に衝撃が木全体に伝わる。当然枝にも衝撃が伝わり、落ちそうになって明は必死に枝にしがみついた。
「あっぶな!」
その後もカニは木にぶつかり続ける。明は枝に必死にしがみつく。どちらかが倒れるまでの我慢比べが始まった。回数を重ねること十数回。このバトルを制したのは明だった。体をぶつけすぎたカニは、くるくる回って泡を吹いてその場にひっくり返る。
上から様子を眺めていた彼は、倒れたカニを見て勝利を確信して額の汗を拭う。
「勝った……。やった」
安心した明は木から降りようとしたものの、そこで降り方が分からない事に気付く。夢中だったので登れはしたものの、今まで木登りをした事がなかったために降りるノウハウを持っていなかったのだ。
「やべえ……これどうしたら……」
明は何度も幹に足をかけようとするものの、怖くてそれが出来ない。何度かそれを繰り返してる内にカニの方が復活。また突進するのかと枝の上の彼が様子をうかがっていると、今度は目からビームで幹を直接攻撃し始めた。
最初は明もこの行動の意味が分からなかったものの、幹がきしみ始めたところでカニの意図を理解する。
「ビームでこの木を折ろうとしている?!」
次の瞬間、木はダメージを負ったところを起点に呆気なく折れてしまう。この攻撃で彼は地上に戻る事が出来たものの、落下の衝撃でダメージを受けてしまい、痛みでしばらく体が動かせなくなってしまった。
「グフウゥ!」
動けない明にカニが迫る。鋭利なハサミが彼の体に迫ってきた。ここに来て、観念した彼は抵抗をあきらめてまぶたを閉じた。
「分かったよ……一気にやってくれ……」
(そこまでだッ!)
どこかで聞いた事あるテレパシーが聞こえたかと思うと、カニは急いでこの場を離脱していく。
何が起こったのかとまぶたを上げると、彼の目の前に昨日のたぬき魔獣がいた。どうやら彼が助けてくれたらしい。
(間に合って良かった。あいつは好戦的で好奇心が強いんで、私も手を焼いているんです)
「あ、ありがとおおおお!」
九死に一生を得た明はたぬき魔獣を力いっぱい抱きしめる。流石に苦しかったのか、彼は無理やり体を動かしてその束縛から抜け出した。
(明さんが無事で良かったです。それでは……)
「ちょっと待って、お礼をさせて。えーと、名前はあるの?」
(私はただのたぬきです。好きに呼んでください。それと、お礼は別にいいです)
「じゃあたぬっさん! 一緒にご飯食べませんか?」
明はたぬき魔獣をたぬっさんと命名する。喋り方がおっさんっぽいのとたぬきからの造語だ。名付けられた方もまんざらでもないのか、照れて顔を前足で隠している。
(たぬっさん……いい名前ですね。気に入りました。朝食、私なんかがご一緒してもいいんですか?)
「命の恩人だもの。多分みんな歓迎してくれるはず。僕が説明するから!」
(嬉しいです。お言葉に甘えさせてもらいますね)
こうして、明はたぬっさんと一緒にクロ子達のもとに戻る。その道中で2人は軽く雑談を楽しんだ。
「あのカニを追い払うなんて、たぬっさんて結構強い?」
(いやあ、私なんて弱い方です。ただ、この草原限定で言うなら、同じ大きさまでで私より強いのに出会った事はありませんね)
「確かに、あのカニよりはたぬっさんの方が大きいもんね」
たぬっさんは同じ体のサイズの中ではこの辺りで最強らしい。それがハッタリではない事は、あの怖いカニが一目散に逃げ出した事で分かる。
明はたぬっさんの強さの秘密を聞き出そうとしたものの、上手くはぐらかされて答えてはくれなかった。
(私の力なんてショボいもんですよ。気にしないでください)
「いや、でも……」
押し問答を続けていたところで、テントが見えてくる。そこには、仁王立ちで腕を組んで怒りの形相のクロ子の姿が――。
「遅い! 顔を洗うだけでどれだけ時間かかってんだ……ってあれ? 昨日のたぬきさん?」
「川でカニ魔獣に襲われてたんだよ! たぬっさんが助けてくれたんだ」
「たぬっさん? 明が名付けたのか? いいの? そんな名前で」
(私はたぬっさんと言う名前を気に入ってます。お気遣いありがとうございます)
レミアとも合流出来たところで、明は改めて経緯を説明する。その流れで朝食に誘った事を告げると、女性陣2人も快く受け入れてくれた。
「たぬっさん、好き嫌いはある?」
(あ、何でも食べます。私は余り物でいいので)
「いや、たぬっさんがいなかったら明はやられてたんだから、せめて一番いいものを食べてよ」
(ありがとうございます。恐縮です)
こうして、たぬっさんを含めた3人と1匹の朝食が始まる。今日のメニューはトーストに玉ねぎとトマトの卵スープ、野菜炒めにサラダ。たぬっさんは器用に前足を手のように使ってスプーンを駆使して料理を口に運んでいく。
その姿が可愛くて、レミア達3人は心があたたかいもので満たされていった。
(うんまうんま。何もかもが美味しいです。呼んでくれてありがとうございます)
「こちらこそ、美味しく食べてくれて嬉しいよ」
「どんどん食べてくれよ。おかわりもあるよ」
(いえいえ。この分量で満足です)
楽しい食事の最中、レミアがたぬっさんの方に顔を向ける。
「この辺りで好戦的な魔獣がいるエリアに心当たりはないかな?」
(どうしてまた?)
「明の修行にと思ってね」
(なるほど、それならいい場所があります。案内しましょう)
こうして、朝食後のスケジュールが決まった。明は少し嫌な予感を覚えたものの、たぬっさんの勧める場所ならそこまでハードな事にもならないだろうと心を落ち着かせる。
と、ここでクロ子が会話に割って入ってきた。
「出来るだけ強いヤツがいそうな所で頼むぜ。ぬるいようじゃ修行にならねえからな」
「ちょ、クロ子さん?」
(そうなると、ここからかなり離れてしまいますが……)
「構わねえ。よろしく頼むぜ」
たぬっさんはクロ子のリクエストを真に受けてしまい、強い魔獣が現れる場所への案内を引き受けてしまう。明は軽く彼女をにらんだものの、それには何の効果もなく、逆にギュッと太ももを強くつねられてしまった。
「いてーっ!」
(だ、大丈夫ですか明さん?)
「あ、平気平気。コイツも有意義な修行が出来そうで喜んでるよ」
「うぐぐ……」
クロ子の反撃を恐れた明は、反論したい気持ちを抑えてたぬっさんに作り笑いを見せる。その表情を見て、たぬっさんもニッコリと微笑み返した。
その後は穏やかに食事は進み、やがて朝食の時間も終わりを告げる。
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