魔界修行
第39話 突然のカニ
ヌルル平原に朝が来る。クロ子に起こされた明は、魔界での初めての朝日を2人で鑑賞した。地上と同じような生活が出来るように設計された魔界の朝日は、地上同様にとても美しい。
「魔界の朝日もいいな」
「空気も澄んでるけど、これはレミア様の魔法のおかげなのかな?」
「それはあるだろ。クロ子はともかく、僕はそれがなかったらとっくに死んでる」
「バッ、縁起でもねー事言うな!」
クロ子は明を叱責すると、1人で何処かに向かって歩いていく。その方向から川に顔でも洗いに行くのだろうと彼は考えた。
「ちょっと冗談きつかったかな……。ふあ~あ」
朝日が昇ると言う事は鳥達も目覚めると言う事で、平原は段々賑やかになる。魔界の鳥もまた魔獣ではあるのだろうけど、いきなり襲ってくると言う事はなかった。この平原には血の気の多い種はあまりいないのかも知れない。
明が深呼吸をしながら背伸びをしていると、レミアも起き上がってきた。彼女は寝る時にネグリジェに着替えているらしく、そんなセクシーな姿のまま現れたので明はすぐに視線をそらす。
「おはよう。魔界の最初の夢はどうだったかな?」
「や、全然覚えてないす」
「そうか。私は久しぶりに師匠と話して有意義な時間を過ごせたぞ」
「そ、それは良かったっすね」
レミアは夢の中で様々な存在とコンタクトが取れるらしい。ただ、基本的に相手側から強引にセッティングされるらしく、知りたくもない情報を一方的に聞かされたり、したくもない約束を結ばされたりする事も多々あるのだとか。
レミアは朝日に向かって朝の祝福の祈りを捧げ、終わった後に振り返る。
「ご褒美になるかと思ったが、逆効果だったか」
「え?」
「じゃあ、着替えてくるよ」
レミアはそう言ってテントに入ると、秒でいつもの服になって戻ってきた。着替えるにしても早すぎるので、変身的な魔法を使って一瞬で変わっているのだろう。いつもの長袖ロングスカートの魔女コーデになったので、明はようやく安心して彼女の姿を見る事が出来るようになる。
「その服って夏暑くないですか?」
「夏は冷却魔法をかけるから逆に涼しいぞ」
「便利すねえ」
そんな雑談をしていると、川で顔を洗っていたクロ子が戻ってきた。
「川の水が気持ち良かったぞ、明も行ってこいよ」
「魚の魔獣とかいない?」
「さぁ? 探せばいたかもな」
クロ子はそう言いながらいたずらっぽく笑う。彼女がそう言う態度をとる時は肯定の意味なので、魚の魔獣はいないと判断した明は川に向かった。
水場までは徒歩で数分。その間にも小さな虫が飛んで明の周りにまとわりつくように飛んでくる。小さくて半透明で、よく見ると妖精のように見えた。興味を持った明が手を差し出すと、妖精達はパッとどこかに飛び去っていく。それはある程度近付くと急に逃げ出す野良猫のようだった。
「魔界って、やっぱり魔族だけがいるんじゃないんだな……」
明は妖精が視界から消えるまで目で追い、その後、川へのルートに戻る。澄んだ水が朝日に反射してキラキラと輝く川に着き、彼はしゃがみ込んで顔を洗った。
冷たい水の刺激が、彼の肌に新鮮な刺激を与えていく。
「ふぁ~。気持ちいい~」
持参しているタオルで顔を拭いていると、彼の目の前に見慣れないシルエットが現れた。びっくりした明は急いで距離を取り、正体を確認しようと目を凝らす。
「え? カニ?」
そう、そこにいたのはこの川に生息しているであろうサワガニだった。ただし、その大きさは50センチを越えている。両腕のハサミが切れ味のいい凶器のように彼からは見えた。
カニの目的が何か分からず、明はゆっくりと後ずさる。
「ちょ、僕は川に顔を洗いに来ただけだから……。すぐに出てくから」
話が通じたのかスルーされたのか、カニは両手を上げて威嚇のポーズを見せた。背中を向けたら襲われると感じた彼は、時々後ろを確認しながら後ずさりを続ける。そこで注意が少し逸れたところで、カニの目からビームのような光線が発射された。
レミアの不意打ち電撃に体が慣れていたので、明はそれを紙一重で避けると、敵意を見せたカニをじっと見つめる。
「あっぶないじゃないか。なんで怒ってるのさ」
カニからの反応はない。魔獣とは言え、全ての種と会話が出来る訳ではないようだ。とにかく、朝っぱらからの揉め事は避けようと明は両手を見せて融和作戦を試みる。
「ほら、武器は何もないよ。すぐに帰るから機嫌直して……」
その態度が逆に気に障ったのか、カニは目からビームを連発。彼はそれを直感で避けまくる。あまりに好戦的なので、明は目の前のカニの目的が邪魔者の排除とかではなく、捕食者のそれだと認識を変更した。
「お前、僕を朝食にするつもりなんか……?」
この時、彼は武器を携帯していなかった。最初から丸腰だったので、カニに狙われたのだろう。威嚇をしても攻撃の意思を見せない――その時点でカモに認定されたようだ。
カニ魔獣には遠距離攻撃のビームに近接戦闘用のハサミがある。そしてカニってのは意外に素早いのだ。体長が50センチにもなれば人の全速力では逃げ切れないだろう。
「やば……詰んだ」
助けを呼ぼうにもレミア達は視界の外で朝食の準備をしている。大声を上げても聞こえない距離だ。顔を洗いに行ってすぐにカニに出会っているし、帰りが遅いと心配されるほどの時間も経っていない。この状況では助けが来る確率は低いだろう。
明に出来るのは時間稼ぎだ。遅くなればクロ子が様子を見に来るはず。それを信じて彼は逃げに徹する事に決めた。
「いいぜ? 来いよ! 絶対にやられはしねえからな!」
この挑発は正確に伝わったようで、カニは突然超高速で明に向かって突進してくる。左右にしか動けないのに器用に体の向きを動かして動きたい方向に進めるようだ。そのスピードは原付きの最高速度に匹敵し、急いで逃げた彼にすぐに追いついた。
カニのハサミアタックをギリギリで避けながら、明は登れそうな木を探す。木登り自体未経験なものの、この状況をひっくり返すにはそれしかないと彼は必死になっていた。
「あ、あった!」
ついに手頃な木を見つけた明は死に物狂いでしがみつき、そのまま必死に登っていく。無我夢中で手足を動かして何とか地上5メートルほどの枝に避難した。
案の定カニは木を登れないようで、地上から恨めしそうに上空の枝の方を見つめている。
「サルカニ合戦を読んでいて良かった。ここでカニがあきらめるまで待とう」
彼が上空から高みの見物を決め込んでいると、カニはカサカサと後ろに下がった。やけにあきらめるのが早いなと覗き込むと、ある程度距離を取ったところでカニが突進。思いっきり木にぶつかった。
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